きょうも朝から新国立劇場。登退場や台詞を言うタイミングを、会場に合わせて決めていく。
夜は、春風舎にて、同じBeSeTo演劇祭の柿喰う客「WANNABE」観劇。若い人たちが軽々と国際交流している! たぶん私たちは、そこまで行くのにずいぶん時間がかかった。この人たちは、もうここから始められるんだ。時代は前に進んでいる!
朝から新国立劇場で仕込み。公演会場は1階正面の入口を入って中劇場へとのぼっていく階段の根元ら片なのだけど、公共スペースなため舞台装置や客席をずっとそこに置いてはおけないので、そのしまっておくスペースを確保したり、楽屋に衣裳などを運んだり、劇団員総出という感じで取り組む。
「東京ノート」日中韓版通し稽古。の後、衣裳小道具など荷造りして積み込む。明日から新国立劇場だ!
小田急線、JR線を乗り継いで東静岡へ。うちから3時間弱で着くから、新宿なりに出てバスに乗るより電車のほうが近いくらいだ。静岡芸術劇場に着き、友だちと久しぶりの再会を喜んでお茶してるうちに別の友だちも合流し、そういえばこの3人でちゃんと話すのって初めてじゃない?なんて言って話す。
「リオ・デ・ジャネイロ」、堪能する。ドキュメンタリーっぽさが、嫌味なく舞台にのっていた。
ジョナサンで冷麺食べて劇場に戻り、「南十字☆路」観劇。普段カフェになってる細長いスペースでの上演で、両端に客席が組んであるんだけれど私はチケットをとるのが遅かったのでアクティングエリアのすぐ脇の桟敷席だった。民族っぽかったり風刺っぽかったり、興味深く見たけれど、上演時間1時間だったから最後まで面白かったけどあれ以上長かったら飽きたかもしれない。すぐ目の前でダンサーがガンガン倒れたり踊ったりするんだけど有機物的なにおいがまったくしなかったのが、よくも悪くも印象的だった。
バスで帰る友だちや新幹線で帰る友だちと別れ、また3時間かけて在来線で帰宅。静岡の演劇祭、また行きたい。
「東京ノート」稽古の後、あなざ事情団ミーティング。「こないだのミーティングではこういう話だったけど、あれからいろいろ考えて、こういう方向性のほうがいいんじゃないかと思うんですが」「私もそう思ってました」と、一から出直しといえば一から出直しなんだけど、これまでの経緯があってこそ方向性が確認できたという意味で有意義だった。
私のデスクトップPCにマイク端子とヘッドホン端子があることに、今朝気づいた。このパソコン持ってもうずいぶん経つのになぁ。
きょうは、『東京ノート』日中韓3カ国語バージョンの初めての通し稽古。韓国と中国の俳優が稽古に合流してから、彼らの出演している部分だけ稽古していたので、日中韓バージョンの全貌はまだだれも見たことがなかった。稽古場で実寸がとれていないことで距離感が人によって違ったり、ルーマニア以来2週間ぶりでやった日本人だけのシーンがぎこちなかったり逆にはしゃぎすぎてたり、ということはあったけれど、「よし、この座組で新国立劇場特設会場公演をやるんだぜ!」という決意みたいなものは感じられた。公演本番まであと1週間、きっちりつくっていきたい。
夜はアゴラにて手塚夏子『私的解剖実験-5 〜関わりの捏造〜』観劇。声の良く聞こえる前のほうの席に座れば良かった。
の後、友人たちと飲み。
きのうのカットソー、衣裳の人からOKが出たので、洗い替え用にもう1枚購入! よかったー。
新人ワークショップに参加。前回に引き続き、ワークショップ形式で進める国語の授業の件。4班に分かれて実際にシーンを作る。私はじゃんけんに負けて転校生の役を振られる。
「東京ノート」で私がスーツの中に来ているキャミソールが、縮んだりいたんだりしてきているので、ここんところ新しいものを探していたんだけれど、きょう、なかなかよさげなカットソーを発見。値段も手頃。
メンテナンスのため歯医者へ。今まで奥歯がよく磨けてなくて注意されることが何度かあって、最近はとても気をつけて磨いていて、その甲斐あってきょうは奥歯は大丈夫だったけれど、右側の奥歯のちょっと手前のあたりが上も下もちょっとダメで、一週間くらい一生懸命磨くようにとの指示を受ける。それ以外は何も問題ないとのこと。
帰りに、化粧品のショールームに寄って、スキンケア用化粧品の使用法について疑問に思ってたことを聞く。なるほど。
午後から『東京ノート』稽古。パイロットとその女友だち(中国人キャスト)のシーンを主に稽古。
夜は、韓国、中国のキャストの歓迎会。手巻き寿司。
明晰夢(これは夢だ、とわかっている夢)を2つ見た。
ルーマニアのおみやげを持って、夫婦2人して友人宅にお邪魔する。こちらからはルーマニアのワインと強いお酒とあとはちょっとしたパテなんか持っていっただけで、おいしいものをいろいろとご馳走になってしまって、ホントにご馳走様でした。
27日の静岡行き。「リオ・デ・ジャネイロ」1本と思っていたんだけど、電車の時間が間に合うとわかって、夜の「南十字☆路」も見ることにする。1日かけて、小田急線とJRの在来線で行ってくる!
大船の鎌倉芸術館に、文学座の「麦の穂の揺れる穂先に」を見にいった。舞台上の応接セットがすでに客席に向かって「開いて」いる(コの字型的なんだけど、角が90度ではなく、どの席に座ってもある程度客席から顔が見えるようになっている)のを見て、どうして自分はこういうことが気になるんだろうと逆に考えた。劇場内の舞台上にあって客席に面している時点で虚構であることは明白なんだから、現実と違うとかそういうことを問題にしてるんじゃないわけで、ウソのつき方の流儀の違い、ということなのかな、と思う。
共感したり遠くから全体を見たりしながら興味深く観劇し、ロビーに出てきたらワールドカップのきょうの試合状況が小さなホワイトボードに書かれて掲示されていて(駅の改札に「○○線△△のため遅延」とか出るやつみたいなの)、がっかりする。小さな親切大きなお世話。
ルーマニア公演でお世話になったルーマニア人の日本語の先生からメールが来た!
家族関係の集まりで、箱根に行く。
図書館で貸し出しカードを作る。相模原市に引越してきてもう7年近いのに、まだ作ってなかったのねぇ。相模原市内のどこの図書館でも使えるというのも初めて知った。有効に使おう! きょうは、日本の近代の戯曲を中心に貸出枠いっぱいの6冊借りた。
今週の「東京ノート」の稽古は、韓国人俳優(女子大生役)のところだけで、私はからまないのでまったく出席していないんだけど、きょうは稽古の後で公演会場(新国立劇場のエントランス)を下見するというので、現場で合流。私は、いままで、今回の「東京ノート」の公園場所が新国立劇場の中のどこの部分なのかいまひとつよくわかっていなかった(写真や図面を見てもうまくイメージできないので、「行ってみて見ればいいや」と思っていた)。なるほど、大通りに面した劇場入口から入って、中劇場へとのぼっていく、この部分が舞台になるのね。この下見で、韓国人キャストの2人に初めて会った。どうぞよろしくお願いします!
夜はアゴラで、新人ワークショップの一環の「演劇教育」に関するレクチャーを聞く。ワークショップ形式の授業の進め方のポイントの話が非常に実践的で良かった。「演劇は、最後まで責任持って嘘をついた人が勝ちなんだよ」と子供たちに言う、というところに演劇とか演劇教育についての平田オリザの姿勢(の一端)がよくあらわれていると思った。
静岡の演劇祭、先週末が唯一行ける日だったんだけど、きょうになって「東京ノート」の稽古日程に変更が出たので、27日の「リオ・デ・ジャネイロ」(つい間違えて「ブエノスアイレス」と言ってしまう…)も見にいくことにする。
あなざ事情団、秋の新作に関するミーティング。うーん、これはいろいろ戯曲を読んでみないとなー。
静岡日帰り観劇ツアー。友人たちと車で。お昼は清水のおいしい回転寿司屋。おいしかったけど、カウンターの私たちの前の板前さんが、注文したのを何度も忘れるので、「これは、来るな、ということか? 歓迎されてないのか?」などと気を揉んで少しドキドキ。
静岡芸術劇場にて、「若き俳優への手紙」観劇。あれ?今回のタイトルは「若き俳優たちへの手紙」なんじゃなかったの? オリビエ・ピィ作のこの作品、日本で初演されたときには見てないんだけど、原題がEpître aux jeunes acteursと知ったときの驚き、それで今回はたしか仮の情報でだったか「〜俳優たち〜」となってるのを見て「よかった!」と思ったことなどを、覚えているんだけど、あれはまぼろしだった?
マチネは、芸術公園(初めて来た!)でクロード・レジ演出「彼方へ――海の讃歌」を観劇。長くて大変だがすごくいい、とすでに見た友だちから聞いていて覚悟して見たせいか、長くても大丈夫だった。というか、開幕時のあの長い暗転とそのあと俳優が舞台にあがってからの長い間、そしてしゃべり始めてみたらあの長く伸ばす発音、というところで、「あぁ、どうしてもこういう方法で言いたいことがあるんだ、2時間かけてこういうふうにして言いたいことがあるんだ」と納得がいき、むしろその体力に感心した。アフタートークでクロード・レジさんのお顔を拝見できたのも良かった。
ルーマニアツアー終えて帰国。眠くてたまらん。夜はかめや。
朝食後、バスで空港へ。途中、中学生くらいの子供でいっぱいのバスと並走になり、子供ら、こちらに向かって手を振りまくり、写真をとりまくっていた。東洋人が珍しいですか?
最後におみやげを買おうと思っていたブカレスト空港の免税店は、あまりめぼしいものがない上ルーマニア通貨(レイ)が使えないという不意打ち。乗り換えのアムステルダムでは、友だちにあげるペンと自分が使うカラーペンセットを購入。レジのとこにサルミアッキ(フィンランドのまずい飴)もあったので、フィンランドずきの友だちにあげる用にそれも買った。
飛行機の中では、映画を見たり、変なゲームをしたり。機内で飲んだTerra Andina 2008というチリの赤ワインが美味しかった。
友だちと2人で朝から観光。まずは、ホテルから歩いて行ける場所にある農民博物館へ。ルーマニアの手工芸品や昔の建物などが展示されている。民族衣装にしてもイコンにしてもとにかく大量で見ごたえがある。そして、そこのミュージアムショップが非常に充実していてよかった。カフェで軽く食事をしてから、地下鉄で国民の館へ向かう。
地下鉄の駅で、正しいホームにいるかどうかわからず、近くにいたおじさんに「この駅に行くのは、このホームでいいんですか?」と英語で聞いて、教えてもらう。親切なおじさんに感謝して電車に乗ると、次の駅で乗ってきた日本人らしい人が私たちの顔を見てるなぁとおもったら、「きのう『東京ノート』を見ました」という、こちらで日本語を教えている人だった。地下鉄を降りて、国民の館に行くにはどの方向に行ったらいいか、そのかたが人に聞いてくれて、本当に助かった。地上に出たところで、方向がちょっとまたわからず、ツアー開始の時間にぎりぎり間に合うか間に合わないかという時間だったので、友が「じゃぁ私があのおじさんに聞く」と言って路上で物を売っているおじさんに道を聞き、そうやって周りの人の親切にすがって、ツアーの集合場所にツアー開始予定時刻ちょうどに着くと、まだまだ大丈夫だった。ヨカッタ。
国民の館は、度肝を抜かれる壮大さだった。「ペンタゴンに次ぐ、世界2番めに大きな建物です」とか、ルーマニアのいろんな地域から特産品のピンクの大理石だとか黄色い大理石だとか水晶だとか樫材が集められているとか、ガイドさんの話にいちいちビックリ。正面のベランダに出て(そこの石柱がまたすごい太さと高さで、ローマのパンテオンの柱みたいだった)大通りを見渡すと、チャウシェスクが官僚を住まわすために建てたという建物が左右に連なっていて、それは国民の館の様式と完全にマッチしていて、往時のチャウシェスクの権力のものすごさが感じられて鳥肌が立ちそうだった。国民の館は、前から見ても横からみても大きいという点と、写真に撮ろうと思ってどんどん通りを後退して行ってもなかなか全貌がフレームにおさまらないほど大きいという点が、非常に印象に残っている。行ってみたからわかった。
友と劇場の近くのおしゃれカフェ(ウェイターが、かなり年配の人もいたんだけど、全員水兵さんのようなマリンルック)でご飯を食べて、劇場入り。公演して、撤収。ホテルに戻って、1階の中華レストランで夫婦で食事。
朝から仕込み。2階席もあるこの劇場、「前に『フェードル』で行ったスロベニアの劇場と似てるね」とフェードル仲間と言い合う。
楽屋のほうにも劇場のスタッフが待機してくださってるのだけど、私たちは、衣裳にアイロンを掛けるんでもなんでも自分たちでやってしまうのでお願いすることがなくて、あまりにも手持ち無沙汰だったらしく皆さんそのうち上の階に引き上げていった様子。
終演後、ホテルのロビーのバーで夫とビール。
出発時間の前に買い物に。農業大学の学生がペットボトルに詰めたお酒を売っている店、というのがあるのをきのう教えてもらって、行ってみたらカギがかかってる。営業時間中のはずなのになぁと思っていると、他のツアーメンバーもやってきて、「内カギがかかってるだけで、錠前がおりてないから、ちょっと席をはずしてるだけなのでは?」などと言い合い、しびれを切らした私がドア枠をガンガンたたいたら、奥から人が出てきた! プラムで作った28度のお酒というのと、リンゴで作った38度のお酒というのを購入。その後、ルーマニアの民芸品の店と普通のデパートにも行ってみたけれど、そちらでは何も買わず。
バスでブカレストに移動。広くひらけた空がまっさおで、ロードムービーの気分。
シビウもクライオヴァも静かで落ち着いた街だった。ブカレストはそれとは大違いの大都市。治安のことなど、今まで以上に気をつけるようにとアナウンスがある。
公演会場のノッタラ劇場に着き、クライオヴァからのトラック(舞台装置などを送った)は着いているかと聞くと、劇場スタッフは、「トラックが着くとは聞いていない」との返事。「小道具とか置きたいという話だったから、楽屋をあけておいた。トラックのことは聞いていない」。うーん。とはいえ、実際にトラックがついて舞台装置のベンチだのなんだのが出てくると、劇場のストックヤードに搬入してくれたりは率先してやってくれる。ただ単に連絡がうまくついていなかったというだけのことのようだ。
きょうは搬入だけして、夜は、日本大使公邸にみんなでお呼ばれ。沖縄出身で名古屋で働いていたこともあるというシェフが用意してくださったラフテーや、鶏手羽先焼きや、数々の日本料理を美味しくいただく。みんなで本当に美味しくいただいたら、完食してしまって、途中でシェフが急遽パスタも用意してくださる。「完売したのは、はじめてです。でも嬉しい」とのこと。シビウで「東京ノート」をご覧になったかたの感想を聞いたり、大使館員のかたがたからジェロビタール(化粧品)について教えていただいたり、いろいろと面白かったです。
3時集合だったので、午前中ゆっくりして、近くのデパートの食堂にお昼を食べにいった。上のほうの階の、眺めはいいんだけどがらんとそっけない食堂は、私たち2人が入っていってもいらっしゃいませでもなくて、食事してるサラリーマンみたいなおじさんがぎょろりとにらむし、ひるみそうになるけれど、なんとかテーブルについて、注文もとってもらって、美味しくいただく。どこで食べても、スパイスのきいたちょっとすっぱい野菜スープが美味しい。
劇場入りする前に、デパートの1階のスーパーにも行き、プラスティックのマグカップを買う。売り場で一番安いのを選んだら、金魚の絵のついた白いカップで、日本円で50円くらい。さっそくお茶を飲んでみたら、口のあたるふちの部分がザリザリして、さびしい気持ちになる。
きょうも無事に公演が終わり、撤収。きょうは2人でごはん。レストランで人々を観察してわかったこと:お客さんは、入ってきたら自分の好きな席にどんどん座る。そうすると、それを見たお店の人が注文をとりにくる。なるほどね、ルーマニアってそういうシステムなんだ。私たちは「入口で、案内されるのを待つ」というシステムで考えちゃってたから、それできょうのお昼とか、なんかほっとかれてる気がしちゃったんだけど、お給仕の人にしてみたら、「座るの? 座らないの? はやく決めてよ」って感じだったんだろね。
朝から仕込み、そして場当たり稽古。時間がタイトなのに、舞台袖の床の隙間に私のヒールが挟まって稽古を中断してしまったりして申しわけなかった。
楽屋は舞台より下の階、食事スペースは舞台より上の階。上下移動が億劫な私は、舞台からはけてすぐのスペースに自分の荷物やらメイク道具を常置して、なんとなくだいたいの時間をそこで過ごしている。大きな窓があって外光と風の気持ちいい、ステキなスペース。
終演後、きょうはばらばらで食事ということになったけど、結局きのうのレストランに行った人が多かった。「日本人が3人しか住んでいない」とかいう街にいきなり30人近い日本人がやってきてあっちのテーブルこっちのテーブルに座ったもんだからお給仕の人が混乱したらしくて、こちらで頼んだものがあちらに出されたりで、なかなか気持ちよく食事できず。味は美味しいんだけどね。
国立ラド・スタンカ劇場のバス(車体に劇場名が書かれていて、SPACのバスのことを思い出した)で、次の公演地クライオヴァに向かう。大変お世話になった日本人ボランティアの人に、カップヌードルをプレゼント。
午後3時過ぎ、クライオヴァに到着。シビウは山間地で寒いくらいだったが、クライオヴァはいきなり夏の気候。半袖1枚でちょうどいいね。
スタッフがまず劇場に行き、俳優は1時間後に合流するというスケジュールになり、まずはホテルの部屋に行く。部屋番号が三十いくつで、「エレベータもないのに4階まで荷物持ってあがるのか!」と絶望的な気持ちになったが、このホテルはなぜだか階数表示が日本式で、三十何号室は3階だったので、安堵する。
劇場(大学構内)に行ってみると、古くて天井が高くて感じがいいんだけど、とにかく舞台裏も楽屋もものがあふれていて、不思議な空間だった。
夜はほぼ全員でレストランで食事。美味しかったけれど、1人前のはっきりしないみんなでシェアする食べ方はどうも私は落ち着かない。
今回のツアー唯一の完全オフ日。夫は部屋で仕事をするというので、午前中は1人で街を歩く。市場があるよと聞いて探すが、見つからず。でもスーパーで機嫌よく買い物。この橋の上で嘘をつくと橋が崩壊するという「うそつき橋」に立ってみたり。景観保全地区の外の、巨大ビルとか幹線道路とか工場廃墟なども興味深く見る。
一旦ホテルに戻って、夫と合流し、いつものカフェで昼食を摂り、近くの広場にある、歩いて登れる時計塔に行ってみる。入口で入場券を売っているおばさんが、日本人か?と聞く。そうですと応えると「コンニチワ」と日本語で挨拶してくれた。演劇祭で来たというと、「メタモルフォーゼ」か?と言う。MODEが「変身」で来てるからね。そうじゃなくて「東京ノート」だ、とプログラムを指さしてみたけれどピンと来ていない感じだった。
夕方、夫と別れ、私はそのMODEの「変身」を見にいった。客席で隣に座った人から、「東京ノート」を見た、この演劇祭の演目はだいたい見てるが、あれが一番良かった、と言われた。ルーマニア人の若い女性で、字幕(英語とルーマニア語を表示していた)は英語のほうを読んでいたと言っていた。
終演して、通りでサンドイッチを買ってホテルに戻り、夫と軽く食事。夜は、アメリカのカンパニーの公演を見にいくことにしていたのだが、バスの時間についてちょっと行き違いがあったりして結局行けなかった。そのかわりフェスティバルバーで鳥の劇場の皆さん(きょうシビウ入りした)と会えたし、いつものカフェでゆっくりご飯を食べられたし、のんびりしたオフになって、それもまたよし。公園でFalling Slowlyを弾き語ってる人も見たなぁ。
そのカフェのTVがちょっと面白かった。最初に入ったときにはプロレスとかやってたんだけど、深夜になって気がついたらエッチなイメージビデオになっていて、「女の人が2人草原の真ん中で水を掛け合って、ぬれた衣服を脱いで乾かして、乾いた服を着てそれぞれ車で去っていく」とか「マッサージパーラーに来た美女2人が、オイルマッサージをしているうちに二人でいちゃいちゃし始めて、マッサージ嬢がそれを見て一人悶々とする」とかのストーリーが展開されているの。バーンと全裸なので私は興味深く見ちゃったけれど、他のお客さんはぜんぜん気にとめていない様子でした。
ホテルの近くのスーパーで、話題の化粧品「ジェロビタール」を買ってみる。いろいろあってよくわからないので、前に友だちに見せてもらったのと同じみどりっぽいパッケージのクリームを購入。
13時劇場入り。テレビ撮影と写真撮影にあわせて場当たり稽古のようなことをすることになっていたが、テレビ撮影と写真撮影の人が微妙にずれた時間にやってきて、思いのほか時間を取られる。
きょうの開演は16時。きのうよりお客さんが少ないという話だったけれど、どんどん増えて、結局きのうよりもたくさんのお客様が入って満員だった。
終演して、バラして(劇場の幕とか照明機材とか客席とか、現状復帰しないで「そのままでいいです」という部分が多く、あっというまに終了した)、みんなでルーマニア料理の店に行った。演劇祭のボランティアで公演についてくれた人たちや今回のルーマニア語字幕作成をお願いした人も一緒。最初に出たナスのペーストがとても美味しかった。
ホテルの朝食は、ここもなかなか良い。ただ、野菜がトマトとキュウリしかない。ハムの皿やチーズの皿に飾り的に添えてあるカラーピーマンやらサニーレタスを容赦なくいただく。ヨーロッパで普通に食事していると肉と乳製品がどうしても過多になってしまうので、野菜は積極的にとるようにしている。
朝から劇場にて仕込み。シビウの仕込みでは、私は舞台監督に英語の通訳でつくことになっていて、ついてはいたんだけど、あまり現地スタッフにお願いする用事もなく、いつでも出動できるような体勢をキープしつつでも動きとしてはつねに待機、みたいなことで仕込み終了まで行く。
夕方になり、舞台装置、照明、客席がきっちり組まれた劇場内を見ると、まるで最初からこうなっていたみたいにすべてが調和していて、すばらしかった。その反面、「見にくるお客様は、この劇場が空だとどういう場所で、それを私たちがどうやってこの公演にあわせてつくりあげたのか、まったく気づかないんだろうなぁ」と思うと、ちょっとなんというかくやしいような気もした。別にお客様はそれは知らなくていいんだけれどもさ。
夜10時開演予定だったけれど、少し押して、10時10分を過ぎて、「東京ノート」ルーマニア公演初日開演。未知のスタイルの演劇に出会ったとまどいと、それを積極的に見ようとする前のめりな緊張を、客席から感じる。そして、「東京ノート」に私は1994年の初演時からずっと同じ役で出演しているんだけど、今回はじめて相手役が新しい人にかわったので、新キャストでの初日が無事に終わって、安堵。
終演後、国立ラド・スタンカ劇場の隣のフェスティバル・バー(中庭のようなところ)に行ってみる。日本から見に来ている人たちや公演しに来ている人たちに会い、話す。
ホテルの美味しい朝食(セルフサービスで、チーズもハム類もたくさんあり、野菜、果物もあった。なにより、ミネラルウォーターの500mlビンが、ガス入りもガスなしも取り放題だった。パリのホテルの素っ気ない朝食と比べると、ひとりでに顔が笑ってしまうほどステキだった)を食べ、貸し切りバスでシビウに向かう。
ブカレスト市内を走るバスの窓から、巨大アパートビルがたくさん見える。ベランダとして作られたのであろう部分を窓で囲って「部屋」にしている例が非常に多かった。
途中、希望者はレストランで昼食をとるということになったが、私はもうすでにちょっと団体行動がきつくなってきちゃっていたので、「食べないで待ってます」組に入った(人数が多いと何をするにも時間がかかるでしょ? 余裕があるときは「そういうもんだ」と思っていられるんだけど、気持ちに余裕がなくなってくるとイライラしそうになる。イライラした自分はキライなので、なるべくそういうふうになりそうなところには近づかないようにしている。その上、料理を1人1人前ずつ頼むんじゃなくてまとめて頼んでシェアするっていうことになったんだけど、私はそれが苦手なんです。それもあって)。朝食のパンでサンドイッチを作って持ってたし、途中のドライブインで軽く食べたしね。
旅公演1日めでイラつきそうになってちゃ先が思いやられる――という感じでもなくて、逆にむしろ、これまでたくさん旅公演してきた経験をいかした、自分なりの上手なストレス回避方法だったと思う。
今回のツアーは、ルーマニア国内3カ所を回るんだけど、最初の公演地がシビウである。シビウ演劇祭というものがあること、なんだかバスで7時間とか掛けて行くとこらしいということは聞いていて、利賀村みたいなところをイメージしていた(たしかに、行く途中の山並みとか川沿いの風景は利賀に似てないこともなかった)けど、シビウはもっとドーンと「街」だった。ただ、ホテルが旧市街というか景観保全地区というかそういうようなところにあって大型バスを前までつけられないとのことで、最後はみんなでスーツケースを転がしながら石畳の街を歩いた。
公演会場(大学の中の劇場)を皆で見にいって(「ヤルタ会談」をやるのにぴったりなようなこぢんまりした空間だった。ここで「東京ノート」をやるのか、と私は少しビックリした)、きょうは解散。ホテルの近くのカフェで夕食。すぐそこの広場では演劇祭の出し物として火を使うパフォーマンスが繰り広げられていた。昼間、骨だけの傘を振り回してた人は、これの練習だったのね!