結婚する友だちのお祝いの会に行く。ポテトサラダを持っていった。私のポテトサラダは、紆余曲折の末いまではだいたいこのようなものに落ち着いている:
- 皮つきのジャガイモを鍋に入れ、水を、このジャガイモが人間だとしたら膝くらいかな、と思うあたりまで入れ、ふたをして火にかける。沸騰してきたら弱火にして、ジャガイモがやわらかくなる(楊枝がすっと抵抗なくささる)まで、蒸し煮にする。途中で水がなくなっちゃったら(湯気が出なくなるのでわかる)、水を足してください。
- タマネギをみじん切りにして、ボウルに入れておく。量は、ジャガイモ2個に対してタマネギ1/8個くらい。まぁ、好みで。
- キュウリを薄く輪切りにして、別の小さいボウルに入れ、塩をふって混ぜておく。量は、ジャガイモ2個に対してキュウリ1本くらい。もっと少なくてもいい。
- ジャガイモの皮をむき(布巾やペーパータオルを使って持つと、やりやすい)、一口大に切る(2cm角とか)。切ったものから、タマネギのボウルに入れていく。
- マヨネーズ、塩、コショウで調味し、カレーのスプーンとかしゃもじとかで、全体を混ぜる。ジャガイモの形を残したいので、崩さないように混ぜる。マヨネーズの量は、もうホントに好みだけれど、たぶん知らない人が見たら「えぇー、こんなに!?」と思うくらいの量だと思う。クリーミーな感じにしたい人はマヨネーズを増やせばいいし、あんまりすっぱくしたくない人は、マヨネーズはひかえて塩に頼るといい。
- 水気をとった(手でぎゅーっと握るとか)キュウリを、加えて、全体に混ぜる。味見して、塩なりマヨネーズなりコショウなり、必要と思ったら足す。
きのうのワークショップで持ってた人がいた、ドクターバッグ(上ががま口みたいにかぱーっと大きく開く)型の工具入れが、裁縫道具入れにちょうどよさそうだった。うちの近所のホームセンターで買ったというので、見に行ってみたが、特売品でいまは在庫がないとのこと。残念。また来てみよう。でも、前々から欲しかった作業服の「つなぎ」の、安いのを見つけて買えたので、それはよかった。
ホームページの、トップページを更新したら、前に直したマチガイがフッカツしてしまった。前回、利賀合宿中にノートパソコンから更新して、デスクトップパソコンのバックアップデータのほうに反映させるのを忘れてた! たいしたマチガイではないのですぐ直す。あぁあぁ、あのときもこうやってここを直したなぁ、と記憶がよみがえってきた。
きのう、今日と、照明ワークショップの手伝いに行った。『空間のワークショップ』ということで、舞台美術(杉山至)と照明(岩城保)のジョイント・ワークショップ。両氏のワークショップは、以前に自分でも受講した経験があるけれど、今回のは、「実際に公演に使用する椅子を作る」、「自分たちの作った椅子に照明をあてる」ということで、受講者の、なんていうんだろう、関わり方というか積極性というか、そういうものが増していたように思う。「外国語学習の場合、日本人は、実際に使用する機会がおそらくないようなThis is a pen.でも、基本と思って黙って学ぶけれども、アメリカ人は、1回授業に出たら何か使える表現を覚えて帰らなきゃ納得しない」という、遠い昔に聞いた話を思い出した。具体的で実際的なもののほうが、たしかに、学習意欲を増進させるかもしれない。
『ヤルタ会談』高校公演当日。
朝9時少し前に学校に行くと、入口のところでルーズベルトさんに会う。きのうまで公演で松本に行っていて、けさの新幹線で戻ってきたのだ。9時半くらいから、出演者3人で、動きや台詞を確認しながら、一回通してやってみる。演出家に確認したいことが2、3出てきたが、その他は特に問題なく進む。さすがに、4月から稽古して、5、6月に団祭り、9月に山形公演、と公演を重ねてきているので、台詞も動作も「手の内に入って」きている感じがする。危なげがない。ここからが、また、おもしろかったり新たな危険があったりするわけですが。
他の用事を済ませた演出家が会場入りし、もう一度冒頭から稽古。10月初めに会場下見をしたとき、舞台上にあるピアノを使うという案があり、家で練習はしてきていた。
「ホントウにやるの?」
「いまやってみて(決める)」
とのことで、幕前のインターナショナル、1番は一本指でピアノを弾きながら歌ってみた。ピアノ椅子に掛けて、ときどき脚をぶらぶらさせて。
3人それぞれ、ここの間が長いとかこの言葉をもっとはっきり言えとか、直しが入り、稽古終了。ピアノも、予定どおり、使うことになった。
1時半開演なので、11時半ゲネプロ開始の予定だったのだけど、稽古が終わったのが11時15分をちょっと過ぎたあたり。どうしようか、ゲネなしでやろうか、とみんなで相談し、予定を少し遅らせて11時45分からやることに。小道具の紅茶のカップを洗ったりしていると、すぐにゲネ開始時間になった。客席の後ろのほうで、先生方が何人か見ていた。後もうちょっとでお終い、というときに、チャイムが鳴って、びっくりした。あぁ、学校なんだなぁ、と思った。「画鋲」という言葉をはっきり言うように言われただけで、あとは特にダメ出しなし。
軽く昼食を食べ、小道具の紅茶のカップを洗ったりしていると、もう1時過ぎ。そろそろ開場だ。打ち合わせでは、客席に人が入ってきて3分ほどしたら私が舞台に出ていくことになっていたが、開演予定時間の20分以上前にもう生徒たちが入ってきた。舞台袖で聞いていると、入ってきた途端から、客席は人の声でいっぱいで、舞台上の椅子に名前が書いてあるからだと思うけど、「スターリン」、「チャーチル」などと言っている声も聞こえてきた。
『ヤルタ会談』の開演は、ルーズベルト大統領の登場だ。その前は、まだお芝居の始まらない、私たちが「幕前」と呼んでいる時間、劇場だとまだ客入れ中の、ざわざわした時間だ。でもきっと、きょう、いまここで私が出ていったら、客席はしーんとなってしまうだろう、その中で私が、開演時間まで20分もだらだらしていたら(幕前というのは、そういう時間なのです)、肝心のお芝居が始まる前に観客がみんな飽きてしまう、どうしよう、と思い、相談しようとスタッフに電話したが、公演中だから、電源が切ってあったり、留守番電話サービスにつなぎますだったりで、せっかくの携帯電話なのに連絡がつかない。反対側の袖にいる出演者に相談に行ったら、ちょうどそこに演出家が来たので、どうしよう?と聞き、じゃぁ開演5分前に出て、と指示を受ける。
客席は、待たされてちょっと飽きてきたのか、「始めろー」という感じでときどきぱらぱらっと拍手が起きたりし始めた。時間が全然経たないような感じがしたが、それでもやっと時間が来て、舞台に出ていくと、案の定、さーっとおしゃべりがやんで、すごく静かになってしまった。でも、私が黙ってティーポットにお湯をついでるだけだからか、また少しざわついてきて、ちょっとホッとした。
ピアノ椅子に座って、インターナショナル。だいたい2番を歌い終わってちょっとしたら開演(舞台監督からの合図で、ルーズベルト大統領登場)になるんだけど、きょうはなかなか開演しなくて、3番(ハミング)も終わりそうになってやっと開演。
「ようこそ。こんなロシアの田舎まで来ていただいて」
と言って歓迎するスターリンは、もしかしたら社交辞令で言ってるのかもしれないけれど、きょうは待たされたので、私自身は、ホントに嬉しかったです。
高校生は、静かに、集中して見てくれているようだった。チャーチルが登場すると、笑い声が起き、その後はだいたい話の内容などに沿って、笑ったりという反応あり。前に中学生の前でやったときには、私たちが何を言っても何をやってもほとんど反応がなく、すごく消耗したので、高校生はどうなんだろうとドキドキしていたんだけど、反応があって、安心した。そして、無事に公演終了。
その後、作・演出の平田オリザと俳優3人の、アフタートーク。画鋲が刺さって痛くないのか、という質問が、おもしろかった。ある俳優が俳優はまっ白なキャンバスであるべきと言ったけれど、あなたはどうですか?という質問には、うまく答えられなかった。まったく何者でもない私が戯曲の要請によって何者かになるというふうには、私は俳優の仕事をとらえていない。同じ役でも、やる人によってちがうし、同じ人でも今年と来年ではまたちがってくる。経験や身体性を無視することはできない。台本の中には、あぁこれはわかる、私もそう思う、という部分と、え?こんなふうに考えたことはないけど、そういう考え方もあるのか、という部分がある。それを自分の中でどう折り合いをつけていくのか、というのがおもしろい。というようなことを、今度聞かれたら、答えたい。客席にいたスタッフの人から後で聞いたんだけど、ソ連の国旗はどこで買ったのか、と言っている人もいたそうで、そういうことも質問してくれたらよかったのに、と思った(青年団の美術スタッフの人と、私とで、作ったのです)。
朝、『ヤルタ会談』仕込み。会場となる高校の講堂に、荷物を運び込み、セッティング。美術、照明、俳優2名(一人はきょうまで旅公演中)の、4人で、
「平均年齢の高い仕込みですね」(20代1名、30代2名、40代1名)
と言いながらやる。新しく導入された英米ソの国旗も、テーブルの後ろとピアノの上に飾られて、国際会議っぽい。私は衣裳を出して掛けたり、小道具のセッティングをしたり。1時間少々で終了。
夜、桜美林パフォーミングアーツプロラム<OPAP>+青年団『もう風も吹かない』の、第1回通し稽古を見に行った。始まる直前に行ったら、外で煙草を吸っている知り合い(出演者)に会い、普段たぶんあの人はあんまりスーツとか着ないんだと思うけど、衣裳でスーツを着ていて、それがめずらしくて、
「お、スーツだ」
と言ったら、「どうですか?」と聞くので、ただもう反射的に「似合わないよ!」と言ってしまった。これは、似合ってるとか似合ってないとかと関係ない、挨拶のようなものだったんだけど、劇場に入って客席に座ってから、通し稽古直前の俳優に対してそんな動揺するようなことを言っちゃダメだと気がついた、というか、考えなしにそんなことを言ってしまう自分のバカさ加減を反省したけれど、後の祭りである。
来年春に上演する戯曲の翻訳が、一区切りつく。ここまでは、一人でガーッと書く作業だった。きょうは、演出家にメールでいろいろと質問する。100個くらい質問があった。
食器を洗いながら、『ヤルタ会談』の台詞を、一人で自主練する。もうすぐ公演だ。わくわくする。
戯曲の読み解き方の本を読んでいたら(この本は以前も一度読んだんだけど)、たとえば『ハムレット』で、クローディアスが犯人だというのは、ハムレットがそう確信するときに観客も確信するようにすべきなんで、冒頭からクローディアスがいかにも悪党っぽくてはダメなんだ、みたいなことが書いてあった。そうだよなー。最新のスタートレック映画『ネメシス/S.T.X』のカットシーンについて監督が語ってるのを先日DVDで見たとき、冒頭のほうにあったシンゾン登場シーンはカットした、観客は、ピカード艦長が初めてシンゾンに会うとき、ピカードと一緒に驚くべきだから、と言っていたけど、同じことだな、これは。
ダンベル体操を始めて数日。体重は多少減ってきましたが、体脂肪率がなんだか上がってる。何かのまちがいにちがいない。
樹脂粘土に再挑戦。オーブンで焼くときに、耐熱皿にオーブンペーパーを敷いた上にビーズを置き、温度も120度を超えないように注意し、加熱の後も冷めるまで触らないでおいたら、うまくいった。焦げも変色もせず、においもあまりなかった。なるほどなるほど。
家に、古い、ガスコンロに乗せて使うオーブンがあったので、使ってみている。というか、おとといも、これで、樹脂粘土を焼いた。きょうは、パウンドケーキを作ってみた。ケーキ焼くなんて、何年ぶりだろう。
卵2個、薄力粉1カップ、サラダ油1カップ、ベーキングパウダー小さじ2くらい。砂糖もホントは1カップなんだけど、7割くらいにしておく。180度で30分。まだ中がゆるゆるしてるっぽいので、後10分。外はこんがり、中はしっとりに焼き上がる。一切れ食べてみたら、しっかり甘い。もっと砂糖を減らしてもよかったな。
オーブン便利じゃん、と思い、夕食のおかずにも使ってみたが、ガスの火口の1つをオーブンで使うと他の2つが使えない(筐体――って言わないか――が大きいので、隣にナベを置けない)ことが判明。ちょっと不便。
ララTVで、『大草原の小さな家』をやっている。のはしばらく前から知ってたんだけど、なかなか見る機会がなく、きょう、やっと見る。途中からだったけど。詐欺師が人々のまっすぐな信じる心にあって改心する話で、そりゃもちろんいい話だけど、エンディングなんか甘々で、それでも涙ぐんじゃったりして、ホントウに私は涙もろい。そして、まぁ、回にもよるんでしょうけど、キルトがいっぱい出てきて驚いた。以前NHKでやってて見てたときは、まだキルターじゃなかったから、全然気づいてなかった。
高山さなえ作・演出『月輝きながら太陽の照る』を見る。前に一回見てるんだけど、舞台を両側から挟む形の客席なので、逆サイからも見てみたかった。端のほうの席だったので、出はけ口に立っている屏風の、裏での演技が見えておもしろかった(あれは、ほとんどの観客からは見えていないと思う)。
こないだ、マーサ・スチュワート・リビング(TV番組)で、樹脂粘土でビーズを作るというのをやっていて、すごくおもしろそうだったので、材料(FIMOという樹脂粘土)を買ってきて、きょう挑戦してみた。金太郎飴の要領で模様を作っていく。最後にオーブンで焼くんだけど、温度が高かったのか、少し色がくすんでしまった。くすんだ、というか、紺が紫っぽく、薄い紫はピンクっぽくと、赤方向に色がシフトした感じ。それと、焼いた後、樹脂のにおいが気になった。時間が経てば消えるのかしら。
普段私が作る物というのは、パッチワークや洋裁、料理関係なので、おおむね柔らかい。樹脂粘土のビーズなんていう固い物を作ると、それだけでめずらしくて嬉しくなる。さっそく細い黒いゴム紐を通してブレスレットに仕上げる。
その後になってから、ネットで樹脂粘土のことを調べた。あぁあれはこうすればよかったのか!ということがいくつかあった。次回は、そうしてみよう。
高校公演を10日後にひかえ、『ヤルタ会談』自主稽古。9月末に山形公演をやっているので、ほぼ問題なく進む。6月の団祭り終了後3カ月あいて山形公演のために稽古再開したときには、台詞や段取りを自分が覚えているかどうか不安になったけれど、きょうは最初から自信を持って稽古に臨めた。今後、単発で公演が入ったら(入るといいなぁ。いろいろなところで『ヤルタ会談』をやりたい)、たぶんこういう感じで準備して行くんだろうな、という、イメージが持てた。
こってりしたナベをした。こんな具:
- 牛豚挽き肉に卵と、つなぎで片栗粉少々入れて、塩コショウで味つけし、小さなハンバーグ状にまとめ、フライパンで焼いたもの
- 鶏もも肉
- 早煮昆布
- ダイコン
- ジャガイモ
- キャベツ
翻訳の仕事が、一件、ちょっと一段落というところまで、やっと来た。自分で興味のある、演劇関係の翻訳は、やはり、やっていておもしろい。
前も書いたけど、辞書を引いていると、目的の言葉以外のところにふっと目が行って、おもしろい発見があって、楽しい。きょうは、これはまちがいじゃないか?というのを見つけた。私が使ってるのは、研究社が出してる『リーダーズ+プラス(EPWING CD-ROM 版)』というヤツなんだけど、Star Trekという項目があって、「原案・制作は Gene Reynolds」と書いてある。スタートレックの生みの親といったら、ジーン・ロッデンベリー(Gene Roddenberry)に決まっている。だれよ、このReynoldsという人は?と少し調べてみたら、TVのディレクターでそういう名前の人がいるようだったが、スタートレックとはやはり関係なさそう。どうしてこういう記述になったんだろうか???
きょうは、一歩も家から出なかった。
天気が悪くて、洗濯物が乾かない。
道東小劇場演劇祭inアゴラの、最後の上演(『隣にいても一人』)とその後のアフタートークを見に/聞きに出掛けた。先日は下手寄りの席だったので、きょうは上手のほうで見せていただいた。
おとといの続きの、ミシン作業。一番おもての生地が、なんていうか、粘りつく感じの生地なので、おとといやったときは、布地がうまく送られなくて、きれいにできなかった。きょうは、トレーシングペーパーで上下を挟み、すべりやすくして、再挑戦。成功!
食事に行った店で、テーブルにプリントされているモザイク状の模様が気になる。正方形4個X4個で一つの模様になっているんだけど、連続すると、縦横斜めに広がる線が見えてくる。今度このパターンでキルトを作ろうと思い、紙に写していると、いえの人に、
「キルターっていうのは、変な人だねぇ」
と言われた。
道東小劇場演劇祭inアゴラの3作品を、立て続けに見る。次はどんなんだろうとワクワクする気持ち、そしてまったく雰囲気のちがう作品を次々見られる楽しさ――「演劇祭」気分を満喫した。
パンの耳があったので、油で揚げて、グラニュー糖まぶして、おやつに出したら、みなさんがたいそう喜んでくれた。子供の頃を、なつかしく思い出すらしい。
きのう、帯広の友から、まりもの飾り物をいただいて、さっそく電話からぶら下げて喜んでいたんだけど、けさ見たら、まりも部分がなくなって、ビーズだけになっていた!
「悲しいお知らせがあります。まりもが、阿寒湖に帰っちゃったかもしれない」
と言ったら、友は、こういうのはよく取れちゃうから、と言ってくれた。お店に並んでる中から一番「マチコさんのところに行きたい!」と言っているのを選んでくれたということだったのに、ゴメンネ。
青年団公演『南島俘虜記』最終日。昼・夜とも、受付に入る。終演後、バラシ(撤収)。建て込んであるセットを解体して搬出するところまではアッという間だったが、そのあと「地面」の片づけが、手間はかかるし、土煙もうもうだし、なかなかの大仕事だった。続いて照明班は、次の道東演劇祭の照明のつり込み。終了後、打ち上げに合流。終電で帰宅。
友の日記からリンクが張ってあった先で、「童謡『赤い靴』にはモデルになった女の子がいて、その子はアメリカには渡らず、結核で亡くなった」、という話を読み、そういえばあれはどういう歌詞だったっけと検索していて、ごんべ007の雑学村というウェブサイトにたどり着く。どうも歌詞の背景が、見たことあるような柄だと思ったら、今年の4月に『バタビア!』(バリー・ホール作)の公演のために「インターナショナル」の歌詞とメロディーを探してて見つけたのはこのサイトだったということが判明。「インターナショナル」は、いまは『ヤルタ会談』で自分も歌っているので、メロディーをおさらいしておいた。曲名リストで、「インターナショナル」の隣が「インディアンがとおる」だった。この曲も、子供の頃知ってて、最近気になっていた曲だったので、歌詞が確認できてよかった。
布に、ある模様を描くのに、どうしたらいいか。アイロンで接着する布用両面テープでアップリケ。プリントゴッコで印刷。いろいろ考えたけど、まずはポスカでやってみる。
描きたい図案をコンピュータの画面に表示して、必要な大きさに拡大して、おもむろに画面にトレーシングペーパーを当てて、エンピツで写す。ハイテクなんだか、ローテクなんだか。とにかく、使える手段はなんでも使うということです。チャコペーパーで図案を布に写し、ポスカで塗る。布に顔料が吸われちゃうので、乾くのを待って2度塗り、3度塗り。なかなかうまくできたように思うけど、すでにこの作業にのめり込んでいる自分には客観的な判断ができないような気がして、帰ってきたいえの人の感想を聞いて、やっと一安心する。
寒くなってきたので、ウールのジャケットを着て出掛ける。「作ったの?」と何人かの人に言われた。私はジャケットを作れるほどの腕はないよ。洋裁を少しはやるので、たまに自分で縫った服を着ていることがあるけれど、既製品なのに「作ったの?」と聞かれる服と、作ったヤツなのにまず聞かれない服があるのが、おもしろい。
いつもに増して、曜日の感覚のない一週間だった。きょうが日曜日ということは、遊佐公演からもう一週間たったわけで、時間の流れの早いのにびっくりする。
DVDで『ネメシス/S.T.X』を見る。ピカード艦長が中指で操作ボタンを押しているシーンがあった。前にアメリカ人の演出家に、日本では中指で物を指し示してもいいみたいだけどアメリカだとあれはちょっとまずいということを言われたんだけど、ボタンを押すのはいいんだろうか。ピカード艦長は、テレビのどれだったかのエピソードでも、中指で押してた。カーク船長のそういうシーンも見た覚えがある。ピカード艦長役のパトリック・スチュワートはイギリス人で、カーク船長のウィリアム・シャトナーはカナダ人だけど、そういう文化のちがいがあるんだろうか。
電車に乗っていて、3歳児くらいの男児がころーんと転び、お母さんらしい人が、
「なんてことするの!」
と怒鳴るので、転んで怒られてちゃかわいそうだなと思ったのだけど、どうも突き飛ばされて転んだみたいで、怒鳴ったのは、突き飛ばした子のお母さんが突き飛ばした子を怒鳴ったんだということが、だんだんわかってきた。突き飛ばされた子は、うわーんと泣き出したが、自分のお母さん(男児もお母さんも、2人ずついたわけです)にだっこされて泣きやんだ。突き飛ばした子は、一瞬遅れて泣き出した。お母さんに怒鳴られて、びっくりしたのもあったと思う。
「自分で悪いことをしておいて、泣くんじゃない!」
とさらに怒鳴られている。その後も、お母さんは、ポンポンポンポン論理的な早口で、その子に言葉を浴びせていく。こんな感情的にパニックになってるときに理詰めで怒られてもなぁ、と思ったけれど、その男児は、納得したのか、「あやまりなさい」と言われて、突き飛ばした子にごめんなさいを言った。家族のことはその家族にしかわからないのかもしれない、安易に他人の家族を批判してはいけない、と思った。
子供の頃、「泣いてちゃわからない、ちゃんと言いなさい」と、よく言われたな。すごく理不尽なことを言われてると思ってた。言葉にならないから泣いてるんで、説明できるなら泣いてないわけだから。
『もう風も吹かない』の装置の手伝いをすることになり、きょうは、舞台美術の人と、生地を探して歩く。デザイナーのイメージに近い生地に、5軒めで巡り会い、「これじゃない?」、「これですよね!」、「だよね!」と二人で大騒ぎ。
久しぶりに、アゴラに顔を出す。家から遠くなったので、前ほど気軽には出掛けていけない感じだ。まぁ、慣れてきたらまたちがうのかもしれないけれど。
料理の覚え書き。数日前にやってみたんだけど、「なんちゃってパエリア」(フライパンで、肉、野菜等ある物を入れて、トマトピューレー味で作るご飯)に柚胡椒を入れてみたら、煮込んでもつんとした辛さが残って、おいしかった。
辞書を引いていると、調べている以外の知らないコトバが目に入って、おもしろい。
Welcome-home-husband-however-drunk-you-be(お帰りなさいあなたどんなに酔っぱらっているにしても)は、ヤネバンダイソウという植物の名前。で、one's better arm(いいほうの腕)は、右腕のことだそうで、まぁ、多くの人にとってそうなんでしょうけれど、私にはあてはまらないな、なんて思う。左利きの人が右と左をとりちがえやすいのは、「お箸を持つ手が、右。でも自分の場合は、それは左」みたいにいちいち逆に置き換えて生きてきたからだっていう説があるけど、英語の人でもそうかな。こんな言い方があるとすれば、そうかもな。
10月末に、高校3年生の演劇鑑賞で『ヤルタ会談』を上演するので、その高校の講堂の下見に行ってきた。230人の高校生に一度に見せるというので、そんな大きなところで大丈夫なんだろうかとちょっと心配していたんだけれど、傾斜のある見やすそうな客席で、声の響きも問題なさそうだし、公演が楽しみになってきた。