夕方集合なので、ゆっくり起きて、部屋でだらだらする。夫と昼食を食べ、街を歩く。夫は散歩したいし私は買い物に興味があるしで、気分が少しちぐはぐだった。スーパーで買い物した後、夫はスタバでコーヒーを飲み、私は1人で衣料品店を物色。帰国した翌日に友だちの結婚パーティーがあるので、それに着ていくワンピースを思い切って買う。思い切ってというのは、肩ひものないキュッとしたヤツで、生地も黒と銀のレースなの。ま、安い物だけどさ。ここは勢いでエイヤッと買う。
夕方劇場入り。この大学は、売店も食堂も夕方には閉まってしまうので、慌てて売店に走り、目星をつけていた長袖Tシャツ(おみやげ)を購入。
きょうのバラシのこととか、明日の移動のこととか、じっくりミーティングをした後、各自本番の準備。ロンドン在住で手伝いにきてくれている劇団員が、手作り巻き寿司を差し入れしてくれ、みんな感激して、うなるようにして食べた。そして開演。きのうより静かな客席だったが、咳が少なかったのはよかった。座長はけさ中国に向かって出発してしまったので、きょうのアフタートークは、私を含め俳優2人と舞台美術家と照明家が出演。きのうと同様熱心な質問がたくさん出た。
終了後、バラシ。アフタートーク中に楽屋や舞台裏方面はもう撤収作業を進めていたので、わりと早く終了。荷物も全部積んでホテルに帰るためのタクシーも、先生にお願いして事前に手配してもらったので、終了後すぐにどんどん到着し、ホテルに戻ったら11時10分前! やった、まだバーが開いている(11時閉店だからきょうはダメだと思っていた)! 当然、部屋に戻らずそのままビールです。夜食を求めて街に出て行った人が買って戻ったケバブをおすそ分けしてもらったり、楽屋からだれかが持ち帰ったプレッツェルを食べたりしながらだらだら話す。長いツアーの終わりだもん、だらだらはなしたくもなるよ。満ち足りた気分。でもまぁ12時くらいには部屋に戻り、荷造りして就寝。
午後の平田オリザのレクチャーの通訳として会場に行くと、私なんかより英語通訳のうまい友だち夫婦が客席にいて、なんかでも、やりにくいとかよりも心強いと開き直った気持ちになった。この100年の日本の近代・現代演劇を語るというレクチャーで、パワーポイントでキーワードが表示されるので助かる一方、出てくることには一応触れなきゃと通訳が過剰になった部分もあったと思う。どうにもこうにもわからないところは客席の友だちに聞いちゃったよ。きのうの今日のにわか通訳だから、ある程度しかたないと思います。友だちは、マチコはやっぱりコミュニケーション能力が高いね、内容がよく入ってきたよ、と誉めてくれた。
予定どおりゲネプロ。
「夕食のことは(ホントは生活班の管轄だけど生活班が2人とも俳優でしかも出番が多いから)スタッフのだれだれさんに頼んだから大丈夫だよ」と言われていたんだけど、後から「やっぱり中華の電話注文をしてもらえますか」と言われて、「本番前で無理、ゴメン」と断って、本番前ってでも楽屋でダラダラしてたりするんだけど、だけどこのダラダラがいまの私には必要なんだ、すみません。
そして本番。開演前に音声モニターで聞いていると、若い人の声がにぎやかに聞こえてくる。あぁ、大学だし若い人中心の客席なんだなぁと思って出ていったら、そうでもなかった。後で聞いたら、教授陣が前のほうに座っていたらしい。ジュヌビリエ、ブリュッセルに比べると笑いの少ない客席だったが、集中して見ていてくれる感じだった。乾燥しているせいか咳が多いのが気になったけど、ほとんどの人は字幕を読んでいるはずだからあまり問題ないのかもしれないと思った。翻訳のせいか、フランス語版で受けるけど受けないところと、逆にフランス語版では受けなかったけどきょうは受けてたところがあった。
公演もその後のQ&Aも無事に終わり、隣の建物でレセプション。青年団の公演は登場人物が多いから、他の作品の場合「出演してました?」みたいなことを言われる場合もあるんだけど、『東京ノート』だとさすがにそういうことはなくて、終演後お客様に会うとみんな誉めてくれるので、ホントに嬉しいです。
午後から平田オリザのワークショップがあり、見学する。演劇学科の18歳〜21歳の学生が対象。もう何度も聞いている内容なんだけど、今回心に残ったのは、「観客の想像力を広げたり狭めたりしていくのが演出家の仕事だ」という話の中の一節だった。
登場人物についての情報が増えていかないシーンでは、観客は、この登場人物2人はどんな関係なんだろう?と想像をどんどん膨らませていく。でも無制限に興味を持ち続けることはできないから、あまりにも情報の増えない状態が長いとあきてしまう。かといって、最初から情報を与えすぎると、説明的なつまらない作品になってしまう。客席に届く情報をうまく操作して、観客の想像力を適度に広げたり、それが広がりきってしまう前に狭めたりするのが演出家の仕事である。観客の想像力がどこまで広がり得るものかという幅は、商業的な演劇では狭い(=わかりやすい)し、実験的、前衛的な作品では広いが、いずれの場合でも、観客の想像力の幅は注意深く見積もる必要がある。特に実験的な演劇の場合ありがちな間違いは、観客が自分と同じ想像力の幅を持っていると思い込んで作品を作ってしまうことだ。観客の想像力を考慮しない作品は、ペンを1本舞台上に置いて「可笑しい」と笑い転げているようなもので、共感を呼ぶことはできない。
というような話です。一字一句このとおりじゃないし、私なりのバイアスがかかってるかもしれません。最近、なにか公演を見て、「わかる人だけわかってくれればいいと思って作ってるのかな?」と思うことがときどきあったり、想像力の大切さについて考えていたりするもんだからさ。
ワークショップの最後に、3人グループで与えられた台詞を元にしてシーンを作るという課題があり、人数合わせ的に私も参加させてもらった。私たちのグループは、「オッケー。ここに台詞を足して、『見知らぬ他人にはなしかける』という行為がより自然になるようにすればいいんだね。じゃぁ……」ということでまず方向性を決め、足す会話を決め、あとはひたすら練習。他の二人が「紙を見ないでやる」と言うので、私もがんばって台詞を覚えて練習した(『阿呆列車』の一節)。英語でも何度も見たことのあるワークショップだったし、もともとテキストの翻訳を私とコーディさんがやってるからできたけど、初見だったら無理です到底。
夕方から場当たり開始。劇場ロビーでの公演だったジュヌビリエ、ベルギー版の舞台装置・照明そのままの中で公演したブリュッセルのあとに、ここハルの劇場で、杉山至の舞台美術、岩城保の照明の中で舞台に立つと、
「あぁ、いままでホントに『アウェー』だったんだなぁ。これが私たちの『ホーム』なんだなぁ」
ということをひしひしと感じた。もちろんアウェーもいろいろと面白いし新鮮だし、意味がないとは思ってないんだけど、このしっくりくる感じ、舞台美術も照明も俳優も一緒になって作品を作っていってる感じ。これが基本、本領なんだ。
休憩中、明日の平田オリザのレクチャーの通訳をやってもらえないかと急に頼まれる。基本的に以前カナダで通訳したことのある内容だし、なんとかなるでしょうと引き受ける。原稿はないそうなので、せめてパワーポイントの画面をプリントアウトしてもらって目を通す。日本語と英語と両方で書いてあるので一安心。
全シーンの場当たりを終えて、ホテルに戻ったのは10時くらいか。近くの巨大スーパーに行くという友に同行。たしかにこの巨大さはすごい。しかも24時間営業しているという。あまりの物量に圧倒され、2階の売り場であちこちの衣料を手にとってはみるものの、どうしていいかわからないような気になる。1階は食品売り場だが、もう階上からながめるだけで「まいりました」という気分。まだ買い物するという友だちと別れ、ホテルに戻り、バーで飲んでいる人に合流。
部屋に戻ると、きのうまでバルブを開けても入らなかった(他の部屋は入っているのに)ヒーターが入っていた! ヨカッタ。
ホテルとハル大学は離れているので、タクシーに分乗して向かう。パリもブリュッセルも思ったほど寒くなかったが、ここは寒いね。ま、北上してきてるから当然といえば当然だけど。
舞台の仕込みは先発+現地スタッフですでにほぼ終了しており、字幕用プロジェクターの設置などのみ。なので私は楽屋方面。あと、英語圏なので通訳としても働く。このハル(町と大学の名前です)公演は、大学の演劇科の先生がほぼ一人であらゆることをまわしていて(楽屋で延長コードが必要と言えば自宅から持ってきてくれるし、舞台袖にヒーターが欲しいというと自分のオフィスのヒーターを貸してくれる。ハンガーラックがもう1つ要るとなれば、衣裳の先生に掛け合ってくれるし、楽屋の隣のグリーンルームも使えないかと相談するとその担当の先生に電話して聞いてくれる)、大変ですねと言うと、「いや、これはぼくのプロジェクトだから」とやる気満々意欲に燃えているんだけど、風邪っぴきでゴホゴホ咳をしていて、ホントに大変そうなんだ。
昼食はジュヌビリエと同じく「パンや野菜で各自サンドイッチ」作戦ということになり、買出し部隊4人で徒歩で近くのスーパーに向かう。地図で場所を説明してもらってきてるんだけど、どうもよくわからず、道行く人に聞く。いままで3週間英語のあまり通じないところにいたから、イギリスに来て英語である程度不自由なく意思疎通ができるようになって、私はなんだか嬉しくてしようがない。言葉がわからないということがどれだけストレスになるか、逆に言葉がわかるとどれだけ気持ちが楽か、非常によくわかった。英語のわからない人の通訳とかどんどん買って出てあげようという気になる。
夕食は、中華のテイクアウト。イギリスは「テイクアウェイ」って言うんだね。先生が車で同行してくれることになり、
「じゃぁ、行きましょう」
と言うと、
「でも、何を食べたいかまずみんなに聞かなくていいの?」
と言われた。
「いや、みんなでいろいろシェアして食べるから大丈夫です」
こちらはもとより、おかずを何種類か買って取り分けるつもり。こんなとこにも文化のちがいがあるんだね。
きょうは仕込みのみで稽古はしないことになり、割と早めにホテルに戻る。ホテルのバーでビール。バーというか、ロビーの一角に出店みたいにバーがあって、そこで飲み物やポテトチップ(こっちではクリスプスっていうみたい)なんかを買って、ロビーのあちこちで飲む仕組み。イギリスのコインがよくわからなくて、カンチガイして、「おつりが少ない」と文句を言ってしまった。自分の間違いにすぐ気づいてあやまったけど、かっこ悪かったなぁ。ビールは、美味しかった。生ビールだけで6種類くらいある。このツアー、各地でビールが美味しくて安いのは、大変よい。
ホテルをチェックアウトし、集合までの1時間半で、Beer Maniaというビール屋さんに行く。地下鉄で2駅、と思っていたら、「歩いていけるよ」とS高原でブリュッセルに来たことのある友が言い、徒歩で向かう。途中、夫の日記で以前写真を見たことのあるCityscapeの前を通る。モクモクした角材のオブジェのまん中の穴から空を見る。ビアマニアは、もっと観光地化されてるかと思ったら、ビールずきがビールを買いに行くための店という感じで、とにかくものすごい種類のビールを売っている。店内でも飲めるようになっていて、フルーティなダークビールと、1瓶12ユーロする修道院ビールを飲んできた。
フランス語圏のみ参加のスタッフ・通訳のかたに別れを告げ、バスで空港へ。すんなり着いたと思いきや、チェックインでトラブル発生。私を含め8人分がキャンセル扱いになっているとかで席がない。座長と制作とフランス語通訳の人があっちの窓口こっちの窓口渡り歩いて話を進めているのを、西日の当たる中、待つしかない私たち。
それでもなんとか無事搭乗。荷物の重量制限が厳しいのではないかと心配されていたけれど、持ち込み手荷物は特に計量もなく、問題なし。行く先はマンチェスター。ついついミュージカル『ヘアー』の曲などくちずさんでしまう。
マンチェスター空港から、バスでハルへ。まわりの掲示や看板が全部読める! フランス語から英語の世界に来て、ふわーっと気持ちが楽になった。まずは劇場に荷物を搬入し、ホテルに向かう。先発できのうからハル入りしていたスタッフ(夫もその1人)と合流し、ホテル近くのタイ料理店で夕食。
16時集合だからフリーな時間がたくさんあったんだけど、きょうは私はどこにもでかけず部屋でのんびり過ごした。
ベルギー版メンバーへのお返しメッセージを私たちも書くことになって、私はベルギー版と日本版の由美が並んでる絵を描いた。きょうの公演も大変お客様の反応がよかった。終わって、片づけをして、近くのレストランでみんなで夕食をとり、
「デザートは劇場で」
とのことで戻る。ロビーで、ベルギー版の人たちと私たちとで、デザートのケーキを食べ、ビールなど飲み、そのうち踊り出したりして、活気ある打ち上げが始まった。ベルギー版明日は休演日だしね。
以前『S高原から』でブリュッセルに行った人たちから散々聞かされていた「ブリュッセルいせや」、そういう名前ではないんですが、魚介類の美味しい立ち飲み屋、そこにきょうはまず行ってきました。最近は人気でコミコミだよと聞いていたんだけど、11時開店からまだあまり時間がたっていないうちに行ったのでまだお客さんがほとんどいなかった。Sで来たことのある人が手早く注文してくれて、魚のスープだとか、ツブ貝のスープだとか、白身魚のフライだとか、エビの炒めたのとか、エビをスパイシーに炒めたのとか、ムール貝を炒めたのとか、美味しげなものがさっそく目の前に並ぶ。これは楽しいね。最近は日本人観光客も多いらしく、店員さんが、「メシアガレ」とか日本語で言ってくる。
帰りに、チョコレート屋さんでカカオ86%とかいうホットチョコレートを飲んだ(もう1種類、62%とかというのもあった。友だちに味見させてもらって、デートなら62%のほうがいいだろなと思いました)後、小便小僧を見にいくという人たちと別れて地下鉄でいったんホテルに戻る。
9人でいせやに行って、6人でチョコレート屋に行って、おいしかったし楽しかったんだけど、1人でホテルで静かにしてる時間も大事にしたい。思うに、私の2大苦手なことは、「団体行動」と「食べ物を人と分け合うこと」なんだね。最初から、「2人でこれを半分こして食べよう」って決めて注文するのとか、居酒屋でみんなでとりとりして食べるのはいいんだけど、それ以外はおいしいものを1人で1人前食べたいんだ基本的に。「1口ちょうだい」って言われて、どうぞ、いいよ、ってあげられるときもあるんだけど、あげたくなくてあげないときもある。大人気ないんだろうけどさ。
「いまこれをあげたらあなたのことを嫌いになるけど、それでもいい?」
って聞くときもある。でもこないだそう言ったのに私のアイスを食べた人がいたな、冗談だと思ったのかな。
こんなことが気になったり長々書いたりするってのは、旅公演も終盤に差し掛かりストレスがたまっているんでしょうな。
ホテルの近くで買い物。靴を買って、あとスーパーで食料を買い足した。そして、夕方劇場へ。
きのうは日本版のみの上演だったけど、きょうあすはベルギー版の3時間後に日本版、というスケジュール。多くのお客様が両バージョン観劇とのこと。間の休憩時間には劇場のバーで寿司を出したりするらしい。しかし、ジュヌビリエの劇場もヴァリア劇場もおととい行ったKVSも、そしてこのタヌール劇場も、居心地のいいステキなバーやカフェがあって、ホントにいいなぁと思う。アゴラもそうふにできたらいい。
そして初日の舞台が始まると、冒頭から客席、わきまくり。暖かい反応ではあるんだけど、何がきっかけで笑いが起きているのかがほとんどわからない。後で、ある男優が、
「オレのチャックがあいてるのかって不安になってそっと確かめちゃったよ」
と言っていた。でも、こういう大受けって、実は前にもあった。オーストラリアのメルボルンで公演したとき、毎回ではないけれど、もう最初の「そのマヨネーズどうなったんですか?」というところから終始大笑い、という回があったんです。日本語の会話があっちに飛びこっちに飛びして核心に迫らないところが面白かったらしい。きょうはどうなのか?
終演後、見に来てくれてたトランスカンカナルの人たちと、劇場のバーで飲む。いつか一緒に作品をつくりたいって言われて、すごく嬉しかった。観客のかたが、
「ベルギーの観客はどうでしたか? 笑いすぎてやりにくくなかったですか?」
と聞いてきたので、上に書いたみたいに、
「ポジティブな反応なのでやりにくいということはなかったけど、なんで笑っているのかわからなかった」
と言ったら、直前に見たベルギー版とのちがいが新鮮で面白かったとのこと。なるほどね。私たちはことさら「日本人」を演じようとしてるわけじゃないけど、いろいろと日本的なんだろね。アメリカ人っていっつもガムかんでるよね、みたいな。
楽屋入りすると、ベルギー版『東京ノート』のメンバーそれぞれからのメッセージが置いてあった。
きのうのベルギー版上演中に、自動販売機が壊れたそうです。あ、自動販売機というのは、『東京ノート』は美術館のロビーが舞台で、自販機で買ってきた飲み物を舞台上で登場人物が飲むのね。脚本では、自動販売機は舞台袖にあって、つまり登場人物は、退場して、コップ持って登場する、というふうになってるんだけど、ベルギー版の演出では、舞台上に飲み物の自動販売機があって、みんなそこにコイン入れて飲み物を買うんです。その自販機が、本番中に壊れちゃったんだって。ベルギー版ではアドリブでつないだらしいけど、こっちは字幕公演だしそうもしてられない。もし自販機が動かなくなったらどうするかの対策を、小道具係中心に決める。
自販機の修理で中断したりしながらも、場当たり順調に進み、ゲネプロ、そして本番初日。ベルギー版の人たちと一緒に、楽屋で初日乾杯。ベルギー版の演出のグザビエさんは、
「この戯曲についてわからなかったことが、きょうたくさんわかりました。いまわかってもちょっと遅いんですが。でも、またやりますから」
とものすごく率直でかつ前向きなことを言っていた。
11月の友だちの結婚式が、遠方なので行こうかどうしようか迷っていたんだけど、行くことに決める。
11時開始で、場当たりの続き。
夜は、KVS(王立フランドル劇場)の大劇場に、演劇を見にいった。この劇場は、石造りの古い劇場の建物の中にまるいカプセルのようなものが入っていて、その内側が舞台と客席になっている。まるいカプセルは外から見ると小さそうなんだけど、入ってみると世田谷パブリックシアター(よりはちょっと小さいか?)くらいあって、おどろいた。見た作品は、英語に訳せばRadical Losersというタイトルで、小説が原作になっているらしいさまざまなシーンのコラージュのようなフランス語の作品で、『森の奥』に出ていたミーケさんという女性が出演していた。全身黒塗りの生き物(もちろん人間が演じてるわけだけど)の放尿から始まって、お葬式のシーンがあったり、全裸の男が羽毛を頭から浴びたり、全裸の女が盛り土に何度もダイブしたり、頭から木の生えた男がものすごく長い台詞をしゃべったり、次から次へと靴を並べたり、全身白塗りの生き物が細い金切り声をあげながら自分の身体を傷つけたりした。おもしろそう、深い意味がありそうと思いはしても、私はフランス語がわからないから、理解できなくて、それがもどかしかった。
それにしても、たぶんわりと前衛的なこの作品を見に来ているお客様の年齢層がわりと高く、いいないいな、こういうふうにみんなが普通に演劇を見に来てくれるのはいいな、と思ったことでした。
ホテルの近くのコンビニに寄ってから帰る。このお店は午前2時まで営業しているとのこと。日本で、24時間営業のコンビニとかファミレスがまわりに普通にある生活に慣れちゃってるから、夕方になるとほとんどのお店が閉まっちゃうような環境だと、実際夜に買い物に行かないにしてもなんだか不便な感じがしてしまって、こうやって近くのコンビニの存在を確かめておきたくなっちゃうんだ。
朝食に、ベーコンをいためて、小さめに切ったブロッコリーの茎、ナス、ジャガイモを加えてパスタ用トマトソースで煮込んだものを、きのう炊いたご飯にかけて食べたら、ちょっとどうかと思うくらいおいしかった。
引き続き場当たり。ベルギー版『東京ノート』のセットをそのまま使うわけだけど、劇場の中の普段客席のあるほうを舞台として使い、ロビーへと続く扉を開け放してその先のトイレも舞台セットに取り込み、舞台と客席の周りをぐるっと囲んだキャットウォークや、中3階、3階へと続く階段も使用する、高さのあるセットなので、登退場するにもスタンバイするにも階段をのぼったりおりたり、体力使います。あと、ベンチの高さが高くて、ちょっと上体をそらせたりすると足が床に着かなくなるので、最初は不安定でいやだなとちょっと思ったんだけど、両足バタつかせてみたりして、それはそれで面白い。
夜はベルギー版の公演があるため、夕方6時までで稽古終了。『森の奥』チーム(トランスカンカナル、KVS)がヴァリア劇場のバーに招待してくれて、いろんなベルギービールを飲みながら再会を喜んだ。ブリュッセルの地図をもらったんだけど、公演する劇場やホテルなどが載ってるので、
「え、私たち用に作ってくれたの?」
と聞くと、
「うん、アゴラでも作ってもらったし」
とのこと。うわー、キスフェスで駒場周辺地図を作った人たちに、このことをぜひ伝えなきゃ。しかしおすすめのお店の半数がバーなのはだれの趣味なんだろか。途中で、ヴァリアのスタッフのマルタンが、劇場内を案内してくれた。電気関係の技術者の部屋の扉に、名札代わりに電子回路がはっつけてあったのが印象的だった。
9時15分に劇場に集合し、バスでブリュッセルに向かう。途中昼食休憩で寄ったサービスエリアで、英語-フランス語の辞書を購入。ペーパーバックで3ユーロ。Kの項なんて半ページもない簡易な辞書だけど。ブリュッセルまで3時間半と聞いていて、たしかにそんな感じに順調に進んでいたんだけど、どうやらブリュッセルのすぐ手前のところで道を間違えたらしく、高速を降りてから結構時間が掛かり、結局5時間くらいで劇場着。荷物を降ろし、ホテルに移動。
パリのホテルは、冷蔵庫も湯沸しポットもなく、洗面台、バスタブに栓がなく、物価の高い大都会パリの近郊なのでしかたないんだろうけれどずいぶん狭く、最適な住環境とは言いがたかった。劇場まで歩いていけたしメトロの駅に近いのは便利でよかったけどね。一転してブリュッセルのこの長期滞在用ホテルは、調理設備が整っているし、水栓もあるし、なにより広くて落ち着く。すぐ裏にスーパーがあると聞き、一休みして買い出しに行く。そこここで青年団の人たちがビールを選んだり野菜を吟味したりしている。私は、リゾット用の米1キロ、ジャガイモ2個、ブロッコリー、大きなナス、刻んだベーコン、バター、何かのベリー入りのヨーグルト、トマトソース、バナナ、塩、それとベルギービールを3本(全部ちがう種類)を購入。夕食は、ジャガイモとベーコンとナスを炒め煮にして(味付けは塩とバター)、ジュヌビリエの日曜市で買ってあったずっしり重いパン(フルーツ、ナッツ入り)と一緒に食べた。久しぶりに自分が作ったものを食べて、ほっとした。
夜は、ベルギー版(フランス語版)『東京ノート』の公演を見にいった。今回、同じ劇場の同じセットで、ベルギー版と日本版を両方上演するという企画なんです。ベルギー版はきょうが初日(といっても以前同じキャストで公演しているとのこと)、私たちは金曜日から。
ベルギー版のキャストは全体に若い人が多く、女子大生かと思ったら由美と好恵だった。大きな黒い、フィルムのカメラを持っていた。その一方、日本版より年上と思える人物が2人。弁護士の小野先生は50代くらいの堂々とした押し出しの女性で、黒いスーツの上着を脱いだらノースリーブ、タイトスカートの後ろには深いスリットで、むちゃくちゃかっこよかった。そして木下(元家庭教師)は本当になさけな〜い感じの中年のおじさんだ。全体としては、間がなくてテンポがわりと一定している感じだった。名前がクシモトとかヒラヤマなのに挨拶はほっぺにキスのベルギー式なのが面白かった。終演後楽屋に案内していただき、シャンパンで初日乾杯。同じ役の俳優同士で記念写真を撮ったりした。
ブリュッセルは女子3人部屋。私は朝シャワーを浴びる派で他の2人は夜だからバッティングしなくてちょうどいい、と思っていたら、今夜はお風呂に入った人が1時間たっても出てこず、化粧品や歯ブラシを洗面所に置いておいたから寝る準備ができなくて、ちょっと困った。水道は、洗面所の他トイレにも台所にもあるんだから、明日からは洗面グッズは自分の手元に置いとくことにしよう。
午前中、劇場に行ってパソコンでメールを読んだりなんだり。午後は友だちとパリ物欲ツアー。まぁ要するに洋服の買い物です。やっぱりZARAとかH&Mとかを見てまわり、疲れたので街なかのカフェに寄る。頼んだバナナスプリットは、アイスが3スクープも乗った大作で、食べ切れなかった。紅茶は、何の種類にするかと聞くのでメニューから選んでアールグレイをお願いしたんだけど、来てみたらちっともアールグレイの香りがしなくて、ティーバッグについたタグを見たらダージリンって書いてあった! まぁいいですけども。「じゃぁ聞くなよ」と小さな声で言ってみる。
友と別れ、ヤンのアパートに向かう。駅の案内図を見たときは楽勝と思ったのに、地上に出てやっぱり1度縦と横をとりちがえて道がわからなくなった。どうも私は地図と現実の関係付けがへたくそだ。それでもなんとか言われた番地にたどりついたはずだが、ヤンの説明書きによれば「Red Door」のはずが茶色いドアで、まぁ赤茶色くはあったんだけど、75番地のドアや85番地のドアはもっと赤かったので、95番地のこの赤茶色いドアが正しいドアなのかどうか自信が持てず、電話してみたら、上の窓からヤンが顔を出した! 色を表す言葉は、むずかしい。1人暮らしの小ぢんまりした住まいは、リビングに3枚畳が敷かれ、白い壁に黄色みを帯びた電灯が明るく、でも明るすぎず、窓の外は青く暮れていき、なんだかとても居心地がよかった。1時間ほどで失礼して、パリの右下から左上に移動し、他の友だちと夕食。モンマルトルの丘に夜景を見にいくという人たちと別れ、帰宅。荷造り。エアメール届きましたと友からメール。木曜日に出したのがもう着いたんだね。
ジュヌビリエ公演最終日。毎日毎日「座席は売り切れ」ということなのに空席があるので、どういうことなんだろうと言ったら、自分も疑問に思って聞いてみたらこういうことだったよとフランス語のわかる友だちが教えてくれた。事前に入金したお客様がいる場合、来ようが来まいがその座席(自由席なんだけれども)分はそのお客様の権利なんで、それを二重売りするわけにいかない、ということだそうだ。それはたしかに理屈が通っているけれど、でも、キャンセル待ちで結局入れなかった人もいるという状況でまでその態度を貫き通さないといけないんだろうかと思ってしまう。舞台に立つ身としては、やっぱり空席はないほうがいいし。
それはともかく最終日。さすがにきょうは空席はほとんどなかった。終了して、こちらの希望は「片づけ(舞台はそのままでいいので小道具や楽屋まわりのみ)を終わらせてから乾杯」だったんだけど、劇場関係者にきょうは早く帰らないといけない人があって、片付け半ばでロビーに集合し、シャンパンで乾杯。その後ひきつづき片づけをして、それから有志でカフェでご飯。きょうはシェフが特別に、お母さん特製のクスクスを用意してくれた。このシェフは日本から来た私たちのためにとキリン一番搾りを仕入れてきてくれたり、きょうも清酒白雪を出してくれたり、ホントにいろいろよくしていただいた。来月チェルフィッチュもこの劇場で公演するので、
「来月友だちがここに来るので、彼らにもよくしてあげてください」
と言うと、
「君たちにしたのと同じようにする。それよりちょっとだけよくしてあげる。約束する」
という返事だった。
公開ゲネのときに知り合ったパリ在住の日本人のかたに、パリらしいビストロに連れて行っていただいて、ランチ。食前酒にシャンパン。前菜(海老とアボカドのタルタル)とメイン(鯛のグリル)とデザート(アプリコットタルト)までちゃんと食べて、ワインも飲んで、食後に紅茶も。今回食費節約に燃えて劇場のカフェ以外でほとんど外食していないんだけど、たまには贅沢するのもいいですね。テラス席でおもてを見ながらゆっくり食事して、美術のこととか演劇のこととかたっぷりおしゃべりして。
先週知り合った人とランチに行ったと言ったら、「友だちを作るのが早いね」と感心された。そうかな。まぁこういうのは、直感とか勢いで進めたほうが後悔がなくていいんだよ。
前にも言ったけど私のノートパソコンは無線LANがダメで、そのうえ内蔵電池が死んでいるので、「有線LANの口」と「電源コンセント」が両方ある場所じゃないとネットにつなぐことができない。劇場2階に有線LANの口はあるんだけど、電源コンセントがないからとあきらめていた。あれ?延長コードを借りればいいんじゃん?ときのう気づき(きのうまで気づかなかった。なんだかんだ言って余裕がなかったんだと思う)、聞いてもらって、10メートルはあろうかという黒くて重い立派な延長コードをきょうから貸してもらえることになった。ウェブサイトとかはロビーにあるパソコンで見れてたんだけど、メールがいままで読めなかったんです。いま動いている仕事がない時期だからできることだけど。10日ぶりにメール受信してみたら、2300通ほどあった。そのうちホントに私宛てだったのは3通くらいで、あとは全部スパムだった。うーむ。
海外ツアーに行くと、劇場に衣裳担当の方がいて舞台衣裳の洗濯やアイロン掛けをやってくださることが多い。ジュヌビリエの劇場の衣装のマリノさんも、毎日衣裳の洗濯とアイロン掛けをしてくれている。しかも、私物の洗濯物(ホテルに洗濯機がないので、まとめて劇場の洗濯機を使わせてもらおうという人が多数いる)も洗ってくれているうえ、前にも書いたけど私の靴を直してくれたり(あの後もう片方も同じように切れて、同じように直してもらった)、他の人も衣裳のベルトのステキな結び方を考えてもらったり、上着のステキなブラウジングのしかたを伝授してもらったり、もうものすごくお世話になったので、何かお礼をしたくて、手編みの帽子(自分がかぶるために持ってきたもの。きのうきれいに洗った)をプレゼントした。最終日の明日だとセンチメンタルになり過ぎそうな気がして、きょう渡した。喜んでくださったようで、楽屋の自分のコーナー(アイロン台の隣)に飾ってくれてて、恥ずかしいけど嬉しかった。
いまパリでは、グランパレとルーブルとオルセーの3カ所でピカソ展をやっている。グランパレに行った人は、2時間半待ちだったと言っていた。比較的空いているというオルセーに行ってみた。オルセーは小さいから見るのにそんなに時間が掛からないと聞いていたんだけど、とんでもない。最初にピカソの展示(マネの「草上の昼食」とそれをピカソが自分なりに手を変え品を変えて繰り返し作り出した作品)を時間をかけてじっくり見てしまった(そのことはぜんぜん後悔してません)ので、もう印象派どうでもいいやというような気持ちになってしまってもいたんだけれど、それでも、これでもかと言うほど印象派の絵を見て、それはそれで楽しかった。見た中でいちばん好きだったのは、モネの「アルジャントゥーユのヨットレース」という作品。水面に映るヨットや建物、樹木などの太く平面的な線での表現が、簡潔で色彩が美しい。印象派って点描とかばっかりじゃないんだね(物知らずですみません)。マネの「Georges Clemenceau」という肖像画も面白かった。バレエのメイクと同じで、近くで見るとなんだかわからない線の集まりなのが、離れて見るとちゃんと顔に見えるんだ。
ピカソのことも書いておこう。マネの「草上の昼食」というのは、着衣の男性2人と裸の女の人1人が座っていて、後ろのほうには薄い服をまとって水に入っている女の人がいる、という絵で、解説によると発表時に物議をかもしたらしい。その絵に想を得てピカソが、水の中の女の人だけとか、男の人だけとか、繰り返し巻き返しスケッチしたり版画にしたり陶器に焼いたりして最後にはコンクリートの彫刻にして、それはストックホルムの美術館にあるらしい。そういうスケッチや版画や陶器や、ボール紙の模型やの展示だったわけです。順路の最初に初期の作品がまずずらっと並んでいて、その狭い部屋を出ると広い部屋で、1つの壁にマネの絵が飾られていて、あとはピカソ、ピカソ、ピカソ。配置がかわったり、3人だけだったり、男女4人が全員裸になっちゃったり、座ってないで寝そべったり。裸じゃないバージョンもたくさんあるんだけど、裸の場合必ずきっちり性器が描いてあるのが印象的だった。マネの絵で後景の女の人はお辞儀をするみたいに頭を前に下げていて、その感じを追求しようとして(だと思う)、正面向きの顔よりおっぱいが上に描いてあるスケッチがあり、私はそれがなんだかすごく気に入ってしまった。
常設展示に話を戻すと、ゴッホの辺りまで見て「きょうは美術はもういいです」状態になり、外に出る。セーヌ河畔で昼食。作ってきたバゲットサンドと、バナナ。ものすごくいい天気で、それこそ絵に描いたような「青い空」「白い雲」「黄葉した木々」で、このままポストカードにしたらわざとらしすぎて現実感ないだろうという景色。
昼間遊んだ話ばかり書いてるけど、夜は毎日公演してます。きょう、衣裳のマリノさんがイアリングをくれた。いましてるのよりこっちのほうが衣裳に合うからって。それがホントにその通りで、スーツの色にピッタリなんだ。喜んできょうから使わせてもらった。
終演後はだいたい劇場のカフェでご飯を食べる。きょうはラムチョップで、最後は骨にかじりついて食べた。カフェではお客様もワイン飲んだり食事したりしてて、目が会うと微笑んでくれたり、近づいてきてすごいよかったって誉めてくれたりするので、とても嬉しい。
きょうは遠出せずのんびり過ごす。モノプリの近所できょうも市が立つというので見にいった。1玉欲しい毛糸があったけど袋売りしかしてないというのであきらめる。ウール100%の毛糸はぜんぜん売ってなくて、アクリルかアクリル混のものばかりだった。
郵便局に行き、まずは窓口に並んでみたが、あと2人となったところで閉じちゃった。横のほうを見ると自販機があり、あぁこれがきのう友だちが言ってたヤツだな、とそっちに挑戦。言語を選べるようになっているので、英語の説明に従って、無事郵便切手代わりのシールを購入。しかしこれが予想外の大きさで、絵葉書にすでに書いてきた住所や名前にどうしてもかぶってしまう。一部裏に折り返したり、一部宛名を書き直したりしてなんとか貼って、なんとか投函。いつ頃着くんだろう。
そして劇場ロビーで、お茶飲んで、パソコンに向かう。ここにはパソコンが何台か置いてあって、自由に使っていいようになっている。ここでキーボード入力すると、それが音に変換されて、階段の上のグランドピアノが鳴る。そういう美術作品なんです。パソコンを使ってる人が1人だとポツンポツンと鳴るくらいだけど、多いときには6人くらいがいっせいにキーボードをたたくから、そうするとけっこう現代音楽の大作みたいな演奏になったりする。キーボード配列が、私が慣れてるqwertyではなくazerty配列なので最初なかなか手間取ったけど、最近は少し慣れてきたようだ。ダラダラしていたら芸術監督のパスカルが来て、来年アゴラで上演する作品の話などを聞いた。
そして一旦ホテルに帰る道すがら、「倉庫のような建物とその上の雲から透けて見える太陽」の写真を撮っていたら(空の写真を撮るのが好きなのに、そういえばこっちに来てからきょうまでぜんぜん撮ってなかった。やっぱりなんだか緊張して身構えて過ごしていたんだね)友だちに声掛けられ、なんかちょっと話してたら、通りがかりの人に、
「何かお探しですか?」
と日本語で話しかけられた。この辺に住んでる方だそうだ。あそこの劇場に出てるんでしょう?と言われ、そうですと言うと、見にいこうと思ったがチケットが売り切れだったとのこと。キャンセル待ちができるようなので、よかったら当日券にトライしてみてくださいと言って別れる。
きょうは、「ハナノミチ」のヤンが見に来てくれた。次の月曜日(休演日)にみんなでうちに飲みに来て、と誘ってくれて、地図も描いてくれた。
「みんないろいろ計画があるかもしれないから、もし私一人しか行かなくてもがっかりしないでね」
と言っておいた。
4人で、ノートルダム大聖堂の鐘楼にのぼる。寺院の中には無料で自由に入れるんだけど、鐘楼にのぼるには、行列に並んで待ち、お金を払わないといけない。ときおり小雨の降る中、三、四十分待って、やっと中に入る。入ってからも、まずは売店でしばらく待機、石段を300段くらい登って上へ、さらにその上の鐘楼へ。と1段階ごとに待たされる。係りの人がインカムで連絡を取りながら誘導しているから、あれはたぶん前のグループが済んだら次のグループを入れるという具合にしてるんだと思う。階段はたしかにきつかったけど、石の怪物像(ガーゴイルというのは雨どいになっているもので、そうじゃないのはキマイラという。と解説に書いてあった)の数々を間近で見ることができたのがとてもよかった。写真で見たことはあったけど、パリの空の中で実際に見ると、その独特の雰囲気にぞくぞくした。上から見下ろすと、低い部分の屋根の上に聖人像のようなものも何体も載っていて、地上の人の目から見えないああいった場所に設置するということはそれはやっぱり相手にしてるのは人間じゃないんだろうな、宗教ってなんだかすごいなと思った。高いところから見るパリの景色もよかったです。
ランチを食べようとガイドブックで探したお店に行ってみると予約がないと入れず、近くのチュニジア料理店でクスクスを食べる。4人掛けのテーブルが6つくらいの店を、おばさんが一人でお給仕している。一人でふらっと入ってくるお客さんも多く、見知らぬ人と相席して食べていくようだった。そんなに高くなく、おいしく、満足する。
日本から持ってきていた折り畳み傘が、最近調子悪かったのがとうとうもうどうがんばっても開かなくなっちゃったので、モノプリで新品購入。ちび黒サンボのくつだかかさだかのように鮮やかな紫色。きのうのタバコ屋に切手を買いに行ったら、国内用のしかないと言って、売ってくれなかった。あとでフランスに住んでる友だちに聞いたら、いまは郵便局でも切手を扱っていないところが多く、自販機で自分で計量してシールを貼って投函するようになってるんだって。別の友だちから、劇場の近くの郵便局の場所を聞いたので、明日にでも行ってみようと思う。
リベラシオン紙に劇評が掲載されたとの知らせを受ける。その影響か、きょうは一段とお客様が多かった。「わかるわー」「そういうことあるわよねー」という感じの、共感を込めた「うーん」「アー」という声をもらすお客様がいて、なんだかおかあさんがお茶の間でTV見てるみたいだなぁと思った。
私たちが到着する前、パリはものすごく寒かったそうだ。でもここんところとても暖かいし、天気もいい。きょうは、レ・アルにショッピングに出掛けてみた。行ってみると、あれ、ここ前回にも来たことあったなぁ。巨大なショッピングセンターだそうで、案内板を見るとH&MだとかMANGOだとかいろんなお店があるはずなんだけど、その地図どおりに歩いても歩いてもスポーツ用品店くらいしか見つからず、狐につままれたような気持ちになるが、自分の地図の見方が悪いにちがいないと、歩き回っては案内板に戻りを繰り返して(どこにも行き着かず外に出てしまったり、地下鉄駅にもどったりすること数回)、やっとH&Mにたどり着く。うわー、3階全部店舗だ。靴も衣料も、私のサイズのが「大きいサイズコーナー」じゃない普通の売り場に並んでいる。この嬉しさ楽しさ! だから欧米に行くと買い物しちゃうんですよ私は。ブーツとカットソーとブラウスを購入。
ジュヌビリエに戻り、歩いていると、道端にオオイヌノフグリらしき花が2株咲いていた。フランスにもあるんだー。でもあれは春の花のはず。暖かい日が続いて狂い咲きしたのか?
友だちに、ヨーロッパから絵葉書を送るよと約束して、絵葉書は買ったんだけど切手をなかなか手に入れられないでいた。何屋さんに買いにいったらいいのかわからなくて。きょう、ホテルのフロントで、
「この近くに切手を買えるところはありますか?」
聞いてみたけれど、stampsと言ってもpostage stampsと言ってもどうにも通じず、紙とペンを貸してもらって切手を貼ったポストカードの絵を描いてやっとわかってもらった。ホテルのすぐそばのタバコ屋にあるという。でも行ってみたら閉店していて、きょうは買えなかった。
休演日。5人で連れ立ってポンピドゥーセンターに行く。開館時刻の11時までまだ少しあるからメトロ1駅歩いて行こうよなんてったらちょっと道をまちがっちゃって、道行く人に聞いたりの珍道中。それでも11時少し過ぎには到着し、では13時再集合と決めて、おのおの好きに見て歩く。外の見えるエスカレーターでまずは最上階まで行く。外が見えるのはいいけれど、古くなったアクリル板はちょっと色がくすんだり傷がついたりしていて、そのまんまクリアに景色が見えるわけではなかったのが残念。レストランに入ればアクリル板もガラスも通さずに外が見えるんだけど、ちょっとお高くてなぁ。
まずは企画展示のジャック・ヴィルグレ展を見る。街角に重ねて貼られ、剥がされ、を繰り返したポスターに最小限手を加えた(英語の解説によればそんなふうに書いてあったと思う)という作品がメイン。何をどう切り取ってくるかが勝負という作品なわけですよね。どのくらい手を加えているんだろう。グラフィティから想を得たというアルファベットが興味深かった。メッセージ性の強いものには用心して接するほうだけど、形がおもしろく、心惹かれました。
続いて常設展示を見始める。作品の多さと多様さがすさまじい。すごく心に響く作品もあれば、「これが作品? あの隅にある消火器のほうがアート的じゃん」と思ってしまうようなものもあり、もうこれは好き嫌いで語るしかないんだろうかという気になった。好き嫌いでいうと、好きな作品と嫌いな作品とどうでもいい作品があった。
英語の解説がない場合が多く、自分の直感だけに頼って見るしかなく、そんなふうにして見て好きだったのは、Willem De Kooningの「Sanse titre XX」(肌色と水色がきれいな絵。たぶん作者の意図していない、私の勝手な妄想の風景が浮かんできたという点で印象的だった)、Cy Twonblyの「Achilles Mourning the Death of Patroclus」(大胆な空白に惹かれた)、Jean-Michel Basquiatの「Slave Auction」(きれい、好き、と思って見ていたんだけど、タイトルや解説を読むと楽しげな作品ではなさそうで、そのギャップに驚いた)、Simon Hantaiの赤の美しい作品など。
常設展入口の4階はそれでも1/3くらいは見たと思うけれど、5階をぜんぜん見れないうちに(あの控えめな階段の上がまるまるワンフロアーあるとは思わなかった)集合時間となり、お昼を食べるという人たちと別れて一人、ミュージアムショップで絵葉書など買って、すきっ腹は持参のグラノーラでごまかす。ヨーロッパは物価が高くて、特に食事が高くて、そのことになんだか今回私は怒りのようなものを感じていて、朝昼の食事はスーパーで買ったものなどで済ますようにしているのです。
ポンピドゥーセンターの前はゆるい斜面の広場になっていて、昼過ぎにおもてに出てみるとその芝生でもないただのコンクリートの地面のあちこちに人が座って、何か食べたり本を読んだり休んだりしていた。一面コンクリートの広場の中で、「この位置に座ろう」とその人らが決めた根拠が私には発見できず、なんだか一種異様な光景に見えたことだった。
地下鉄乗り継いでいったんホテルに帰る。その道すがらパン屋でパンを買い、カップスープやら買い置きのチーズやらで部屋で昼食。このパン、普通のバゲットかと思ったら雑穀入りでおいしかった。
夜は、今年から来年までパリに滞在している友だちの公演を見にいった。
午前中、モノプリ(ステキなスーパー)の近くに市が立つというので、一人で出掛ける。路上では衣料品、コンベンションセンターのような建物の中では食品類を売っていた。ブラジャーなんかもばーんとそのままむき出しで売ってる。でも、うろうろしただけで何も買わなかった。対面販売って、人と触れ合えて暖かみがあっていいという面は確かにあるんだけど、こっちのエネルギーレベルとか気分がある程度以上じゃないとその暖かみがかえってめんどくさくなったりする。結局スーパーで少し買い物。きょうのお昼はこの近くの中華屋に行こうとしていたんだけど、お休みであることを発見。ガーン。夫帰国前の最後の一緒の食事のはずだったのに(日曜に休業する店が多いことは知っていたはずなのに、休みかもという可能性を考える回路がなぜだかまるっきり欠落していた!)。あわてて携帯電話で連絡をとり(便利な世の中になったね)、劇場で落ち合うことに変更した。
しかし劇場のカフェもきょうは夜のみ営業のようで、うーんどうしよう。劇場近くのカフェで聞いても、食事はやっていない、コンビニに行けと言われ、歩いていると開業しているパン屋さんがあり、ピザのようなものとキッシュを買って温めてもらい、劇場の楽屋で食べた。
帰国する夫は、昼公演と夜公演の間に劇場から出ていった。見送ると、泣きそうになって、人目を避けてちょっと泣いた。私は泣き虫ですぐ泣いて、ときに人をビックリさせちゃうので隠れました。きょうに限って下まつげにマスカラ塗ったのは失敗だったなぁ。
夕方の集合まで時間があったので、夫とパリ観光に出掛ける。地下鉄を乗り継いで、ノートルダム大聖堂へ。中に入ってみて、ステンドグラスの美しさに衝撃を受ける。薄暗い室内であんなに夢のように美しいクリアな色彩を目にしたら、キリスト教の神でもどんな宗教でも、信じてしまうような気がする。ステンドグラスを教会建築に取り入れようと最初に思いついた人はえらい。そのこの世のものとは思えぬ美しさのステンドグラスも、窓は窓で、外気を入れるため一部あけられて模様が途切れているところを見られたのも面白かった。
大都会のパリは世界中からの観光客であふれていて、私たちが日本人だろうがなに人だろうが関係なく、雑踏の中で放っておかれている。渋谷や新宿を歩いてるのと同じ感じ。あぁ私は、ジュヌビリエの街では、なんかいつも自分がよそ者であることを意識して歩いてたんだなぁと気づく。みやげ物店で、エッフェル塔の形のイアリングと、ノートルダム大聖堂のガーゴイルの絵葉書を買う。アメリカ人観光客のおばさんが、お店の人に、
「エッフェル塔の置物で、ボタンを押すと倒れてくるヤツ、ある?」
と聞いていた。お店の人も慣れているらしく、少しも動じず、
「うちにはありません」
と答えていた。
きのうお客様の前で演じたのでもう初日があけたような気になってたけど、きょうが本当の初日。きょうの客席は、きのうとうってかわった静かさで、2002年のパリ公演初日もたしかこんな感じ、「お手並み拝見」という感じだったのを思い出した。
終演後、劇場のカフェで夕食をとる。1日1回は温かいもの食べたいもん。通りかかったパスカルが、
「イタダキマス!」
と声をかけていった。ボナペティの意味で言ったんだと思う。ボナペティは、日本語でなんと言ったらいいんだろう。「美味しく召し上がれ」か?
私が持ってきているノートパソコンはLANケーブルを挿さないとLAN接続ができないので、ジュヌビリエでは劇場でもホテルでもネットにつなげない(どちらも、無線LANのみ)。だからパソコンのメールをツアー出発以来読めてない。劇団の用事とかは携帯ですむので、あまり不便な気がしないけど、大丈夫だろうか。
朝から場当たりの続き。昼食後の2時からはプレスの写真撮影が入るので、「通し稽古」ではないまでも全シーンもう一度やる予定だったが、場当たりなかなか進まず、午後も引き続き場当たり。公演会場は2階で、1階からエレベータに乗って登場したり、2階で袖に退場してから屋外の螺旋階段をのぼって中2階のバルコニーに登場したり、そこからさらに3階にのぼっていったりと、登退場口も運動量も多い現場で、「はい、いまのところもう1回」と何度も言われると、ときにはぜいはあしてしまう。そんな中で、私の衣裳の靴が片方壊れた。壊れたってのも変な言い方だけど、足の甲の上を細い皮が左右つないでいる部分がブツッと音を立てて切れちゃった。とりあえずは髪用のゴムで応急処置をして稽古を続ける。どうしよう、劇場の衣裳の人(ちょうど食事休憩でいなかった)に直してもらえるだろうか、それとも靴屋とかに持っていったほうがいいか、でもそんなすぐに直してくれる?とざわつく。結局、戻ってきた衣裳の人が、夜の公開ゲネに間に合うように直してくれた!
そして公開ゲネ。というか今夜はこのジュヌビリエ国立演劇センターのイベントで、「青山真治監督の映画上映→カクテルパーティ→『東京ノート』公開ゲネ」というプログラムになっている。青山監督の映画を見たかったけれど、途中退場不可とのことで断念。公開ゲネは、冒頭からお客様の反応がとても好意的で、笑いもよく起きていた。それでもシリアスなシーンでは客席がきゅーっと緊張していた。振り幅の大きい客席だった。カーテンコールは4回。
その後、お客様や劇場のかたたちとカフェで乾杯。フランスの友だちと再会を喜んだり、パリ在住の日本人のかたと知り合ったり。
朝から仕込み。といっても舞台装置はすでに先乗りのスタッフと劇場スタッフで設置済みなので、舞台関係は照明や字幕の仕込みのみ。楽屋のほうでは、あらかじめ劇場スタッフが設置してくれたパーティションをもう少しこういうふうにしてくださいとお願いして直してもらったり、衣裳にアイロンをかけたり。割と余裕がある感じの仕込みだった。
生活班は、昼食の買い出し。パン屋でパンを買い、スーパーでハム、チーズ、ジャム、生野菜などを買い、各自でサンドイッチを作ってもらう作戦。フランスはさすがにパンがおいしいね。あと、サンドライドトマトが好評だった。
夕食後、演出家と俳優1名、1日遅れで到着。この劇場の空間にあわせた『東京ノート』を完成すべく、場当たり稽古開始。だいぶ遅くなり、集団でホテルに向かって歩いていると、きのうと同じ人だかちがう人だかわからないが、
「コンニチワ。アノネノネ」
と声が掛かる。あのねのねって何さ。
『東京ノート』ヨーロッパツアーに出発。家を出るときはまだ真っ暗だった。空港へ向かうバスの中、夜明けの空の美しさに見とれる。最初は濃いピンクで、雲が紫。それがオレンジと白に変わり、オレンジ色がだんだん淡くなっていって朝の青空になった。
旅公演の強い味方(衣服を手洗いするときの必需品)である針金ハンガーと小物ほしを、持ってき忘れたことに気づく。成田空港で探して、小物ほしは見つけたけれど、細くて軽量のハンガーはみつけられず。小物ほしも、百均で買えるのに、空港で売ってたのは1つ620円。吸盤でガラス窓にひっついたり、コンパクトにたためたり、高性能ではあるんだけれどね。あと、予備のボールペンもコンビニで買おうと思って忘れたので空港で見ると、いちばん安いので300円だった。でも日本の優秀な文房具でストレスのない旅をしたかったので購入。とんだ散財。
パリ行きの飛行機は比較的すいていて、3席並びに1人しか乗っていなかったりした。ぎゅうぎゅうでなければエコノミーでもけっこう楽ちんだということを知る。しかしものすごく乾燥していて、驚異的に乾燥に強いこの私もたまらずてぬぐいをマスク代わりにして鼻と口をおおったくらいだった。機内で、「フェルメール:光の天才画家」というドキュメンタリー番組を見る。フェルメールが、物や人の位置関係などをいかに計算して描いているのか、一見写実に見えるけれど自分にとって美しいと思える画面にするため事実をどのように曲げているのか、ということの検証がおもしろかった。「絵画芸術」の中で、イーゼルの脚が1本、画家の描いているキャンバスの上の部分にはあるのに下の部分では欠けている(画面がごちゃつくので描かなかった、というような説明だったと思う)とか、ビックリした。
それら上映されるビデオ・映画の紹介記事がまた興味深かった。「JEN GUIDE 2008 No. 10」という冊子で、日本語と英語でそれぞれの紹介記事が書いてあるんだけど、どっちからどっちに訳したというんでもないようで、言語による紹介のしかたのちがいが読んでいて面白いんです。場合によってはその作品の評価自体もちがうみたいだった。一例を挙げると、「みんなのいえ Our House」についてはこう書いてある。
脚本家の若夫婦が新居を構えることになるが、昔堅気の棟梁と気鋭インテリアデザイナーの意見がことごとく対立するなど様々な問題が勃発し……。三谷幸喜監督の実体験を基にしたホームコメディー。(いま気づいたんだけど、これは私がノートに書き写したのを元にして書いてるので写しまちがいかもしれないんだけど、「昔堅気」は、「昔気質」が正しいよね?)
Architectural cultures come into conflict when a couple askes a modernist friend to design their new house, much to the disapproval of the wife's traditional father. Both sides have lessons to learn.
英語のほうは「ある夫婦が現代主義者である友人に新居の設計を頼むと、ことなる建築文化間の軋轢が起こった。妻の父が伝統的で、友人の設計を認めないからである。どちらの側もこの件から学ぶところがある」というような意味。「三谷幸喜」という監督名が出てこないが、逆に、日本語版の「昔堅気の棟梁」が実は妻の父であり、同じく「気鋭インテリアデザイナー」が夫婦の友人であることは英語版にしか書いてない。これなんかは、日本人はどういう情報がほしいか、日本人以外の人にはどういうことを書いたらアピールできるかというちがいなんだと思うけど、「セックス・アンド・ザ・シティ Sex and the City」のこの温度差は興味深いよ。
エミー賞7回、ゴールデン・グローブ賞8回という輝かしい受賞歴を持つ大ヒットドラマの映画版。ドラマ最終話から4年後という設定で、新しい人生を歩み始めた4人の女性の姿を生き生きと映し出す。「ニューヨークに住む4人の女性の生活と愛とファッションに対する執念とを描く受賞歴のあるテレビ番組の映画版。いちばん楽しめるのは、すでにこの番組を知っている人でしょう」。英語版を書いた人はこの映画きらいなんだね?
This movie version of the award-winning TV show about the lives, loves and fashion obsessions of four women in New York City will be best enjoyed by those already familiar with the show.
そうこうするうちシャルル・ドゴール空港に到着。バスでジュヌビリエに向かう。赤い劇場だと聞いてはいたけれど、実際に行ってみると思った以上に赤くて(チケット売り場やカフェのある1階の内壁も、建物の上の四角いもの(ビルの上に「コジマ」とかどーんと乗ってるヤツみたいなのです)も赤くて、赤ずきの私は嬉しくなりました。芸術監督であるパスカル・ランベールと再会。
一旦ホテルに移動する。東洋人が固まってみんな荷物を転がして通るのが珍しいのか、道端にいた男が、
「ニーハウ」
と怒鳴る。というか声を掛けてきた。別に攻撃的ではないんだけど、あぁ、大都市とはちがってここでは私たちは外部の者として認識されてるんだなぁと思ったことでした。
ホテルは、予約のまちがいで部屋がない人がいたり、エレベータが小さくてなかなか荷物を運べなかったりしたけど、それでもみなそれぞれの部屋に落ち着く(何人かは、ホテルじゃなく、劇場が持っているアパートに入った)。私たちを含め何人かは、劇場に戻り、カフェで夕食。1664という名前のフランスのビールがおいしい。この劇場の1階は、白木のどっしりしたテーブルとベンチがいくつも置かれていて、カフェのお客さんとか、何かの打ち合わせをする人とか、置いてあるパソコンを使いに来た近所の子供とかがいることのできるスペースになっている。テーブルには、演劇の本とか、この劇場のラインアップのチラシとかがさりげなく置いてあって、コミュニティーとアートがゆるく共存してる感じ。いいなぁと見ていたら、チラシに誤植発見。来月チェルフィッチュが公演するんだけど、タイトルが『三月の五日間』となっているところがあった。「五日間」じゃなくて「5日間」が正しい。前々から、あぁこれは「不統一です」とかいう観点からまちがって直されちゃいがちなタイトルだなぁ、やりたいことをガンバってやり通しているステキなタイトルだなぁと思っていたのでついつい気づいちゃった。
明日からのツアーの荷物ミーティング。ミーティングというか、どのスーツケースに何をつめてだれが持っていくかというようなことを、みんなで決める。その後、スケジュール確認等のミーティング。ヨーロッパはそうとう寒いらしい。
『火宅か修羅か』の国内ツアーで3週間留守にしていた夫が、夜帰宅。
本を借りっぱなしの友と会う。ヨーロッパツアーで1カ月留守にするからさすがにその前に本を返したい、と言ったのはウソじゃないけど、会って話もしたかったんだ。
夜は、JR関内駅から徒歩5分ほどの吉田町という商店街に「ラ・マレア 横浜」という催しを見にいった。商店街のあちこちで繰り広げられる10分の無言劇(字幕付き)を、好きな順番で好きなように、縁日の舞台をあちこち渡り歩くような感じで見ていく、無料のイベント。という説明でどんな感じのものかわかっていただけるでしょうか。
少し前にご案内をいただいてはいたんだけど、そのときにいまひとつ概要が理解できず、うーん行きたいけど何時にどこに行ったらいいのかよくわからないし……と二の足を踏んでいました。友だちが行くというので便乗したら、ものすごく楽しかった。行ってホントによかったです。
カフェの店頭や書店のガラス窓の中や路上で、10分のショートストーリーが上演される。2分のインターバルをはさんで10回繰り返されるので、よしまずはこの電話ボックス脇のを見よう、次は、あ、あの本屋の前がすいたからあれを見よう、それとも道路の向かい側のにしようか――といった具合に、状況や嗜好や偶然にあわせて(偶然にあわせてってのは変か……)、自分なりのルートで見ていく。そういうパフォーマンス。
夜の商店街のあちこちに光があたり、小さなストーリーが始まる。終わって、明かりが消える。観客がいて、ただその道を通る人がいて、交通整理の人がいて、路上でのパフォーマンスの背景になっている居酒屋では普通にわいわい飲んでる人がいて、注文とってる声なんかも聞こえて、通行人のケアをするスタッフがいて、缶コーラ片手に、なんだかよくわからないと言いながら見ているおじいさんがいて、路上の観客を2階の照明機材の隣から見下ろしているスタッフ(かな?よくはわからない。満足そうな顔をしていたように思う)がいて、パフォーマンスの途中で退場して去っていく出演者は他のパフォーマンスの観客の中に消えていって……。という全体に包まれて2時間そこにいるというのは、得がたい経験で、上演が終わって見上げると周りのビルのネオンなんかも見えて、ざわざわした路上で私は、圧倒されてただ立っていた。
戸籍謄本をとって送ってくれ、と8月下旬に頼まれて、なんやらかんやらできょうやっととりにいった。駅前出張所は、こぢんまりして混んでなくて、窓口の人も人間らしい対応で、なかなかよかった。最近はどこもそうなのかな。
帰りに新宿に寄って、お金下ろして郵便出して毛糸を買った。便せん8枚もの航空便が、いまは110円なんだねー。昔はもっと高かったよね? この手紙も8月下旬に書き始めたもので、ところが大阪と京都に行って帰ってきてからずっと行方不明になってて、おとといやっと見つかったのである。盲点というか、あの小さいバッグに入ってるとは思わなかった。まぁ私が入れて忘れてたわけですけど。
毛糸は、来週からのヨーロッパツアー中の空き時間に編もうと思って買ったのに、ゲージ(「1山=約1.7cm 1段=約0.9cm」みたいなののこと。編み方の説明というのは、このゲージを前提として、何山編めとか何段編めとか書いてある)どおりに編むにはどのくらいのきつさで編めばいいかな?とか、いろんな毛糸を20cm〜50cmに切ってつないで使うったってそれで色の出方がどんなふうになるんだろう?とか気になるもんで、結局編み始めてしまい、そうするととまらなくなって気がついたら数時間経っていて、まったく何をやっているんだろう私は。
スタートレック:ヴォイジャーImperfection/セブンの涙(7, 148)を見る。第7シーズンの初めの頃のエピソード。セブンオブナインが皮質ノードの故障のため死にそうになるのを、みんながなんとかして助けようとする話。ニーリックス、ベラナ、パリス、トゥボックそれぞれがセブンのために何かしたり、彼女と語り合ったりするシーンがあるけれど、レギュラー陣をまんべんなく出すよりもここは思い切ってイチェブ1人の気持ちや行動にしぼって描いたほうがよかったんじゃないだろうか、と思った。もちろんよくできていて感動的なエピソードだったんだけど、セブン、イチェブ、ジェインウェイ、ドクターの4人の濃密なストーリーも見てみたかった。
続いて、Drive/愛の危機(7, 149)も見る。ベラナ、可愛い。ニーリックス、正論。だけじゃあれなんで説明すると、ベラナは恋人トムと久しぶりの休暇を楽しむため他のクルーたちのホロデッキの予約を無理して譲ってもらったのに、思いがけなく小型船のレースに出場できることになって舞い上がってるトムを見て、もう私たち終わりだわ、うまくいかないのよ、レースが終わったらトムにそう言うわ、って言うんだけど、ニーリックスは、トムに何も言わないのはよくないんじゃないの、ホロデッキを予約するのにどれだけきみが大変な思いをしたのかとか、彼と話をすべきだって言うんです。実はアメリカ人のこういうところが、私は好きです。「トムはベラナの気持ちを察するべきだ」でもなく「俺がきみの気持ちをそれとなくトムに伝えてやるよ」でもなく、当事者で話せっていうところ。好きっていうか、そういう人生はそういう人生で大変だろうと思うんだけど、なんか私はそっちのほうが生きやすいような気がする、空気読めとか言われるよりも。2006年3月にブロードウェイで『オペラ座の怪人』のI love you.について考えたこと(最後のパラグラフ)とも、これは関係あるよね。
来週からのヨーロッパツアーの準備を少しずつ進めている。パリの辺とブリュッセルとイギリスのハルというところに行くんだけど、寒そうだよね。服とかどうせ買いたくなるから、それを見越して軽装で行くか、万全を期すか。あと、パソコンを持っていっても使えるのかどうかだよね。重いくせに(いや、重いのは関係ないんだけど心情として)無線LAN使えないからな、私のノートパソコン。使えないというか私ががさつなことしてピンを折っちゃったから私のせいなんだけれども。というか、一人暮らし3週めに入り、日記もダダ漏れ状態になってきてるね。
午後、事務のバイト。印刷して、ホッチキス止めして、封入。
帰り、駅ビルに寄り、旅用の靴を探す。「舞台の仕込みにも履けて、雨でも大丈夫で、ちょっとドレスアップしたときにもOK」という条件を満たす合皮のスニーカーを見つけ、迷わず購入を決める。お店の人の対応もよかったんだ。ところが直後に同じ店内の別のコーナーで、別の店員さんに、
「せっけんを入れる箱は、ありますか?」
と聞いたらもうホントに間髪いれず、
「ないですねー」
仏頂面。笑顔なし。しかも言い終わったときにはすでに向こうに歩き去っていた。という対応にあい、一気に気分がしぼんでしまったんだけれど。ウソでもいいから、ちょっと考える間をとったり、すまなそうにしたりして、「せっけんの箱、ですか? ……すみません、置いてませんねー」くらい言ってほしかったなぁ。というか、反面教師として心に刻む。
ミステリチャンネルで『マクベス巡査』の再放送が始まった。DVDを持っていても、TVでやってるとつい見てしまう。そうかそうか、きょう放送の「ロックドゥ村の塩泥棒」は最初のエピソードだったか。たしかに、アレクサンドラとの関係とか、以前グラスゴーにいたこととか、説明台詞が多いかも。第4話「ウエスト・コースト物語」はDVDに入ってないんだよなー。また見られるのは嬉しいなぁ。
夜、メール1本で気分が沈む。きっとささいなきっかけでまた気分は上向くんだけれど。