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3.稽古
劇場も決まり、美術の概略もつかめたら、稽古を見ながらプランニングに入ります。実際は稽古を見るのとプランを作成するのは同時進行ですが、ここでは便宜上、稽古を見るときの話を先に書くことにします。
私が青年団の照明を作る場合、原則としては、稽古は「通し稽古」を見るだけで十分です。演出家が役者にどういう指示を出しているかとか、役者はどこに苦労しているかとかの情報は私にとっては不必要ですので、通しを見るだけでよいのです。稽古を見るにあたっては、私はただひたすら見るだけです。口を出すことはありません。いうまでもありませんが、私が役者に対して「ここに立って欲しい」とか「こっちを向いて欲しい」などと要求することは絶対にありません。
「ひたすら見る」と書きましたが、具体的にはいくつかの段階と、それに対応する「見る方法」があります。小屋入り前に何回か行われる通しを見る際に、時期によって見方が異なるわけです。私の場合、通し稽古は小屋入り前に三回見るのが理想です。
まず一回目の通しでは、できるだけ照明のことを考えずに、お客さんのような目で、ただ芝居を見ます。それによって、設定となっている時代や場所や時刻、登場人物の性格などを漠然とつかみます。漠然とつかむという意味は、台本の冒頭にある「美術館のロビー」とか「イスタンブールの安宿」とかの設定は考えず、ただ見ることに集中して想像力を働かせる、ということです。こうすることで、ひとりよがりの解釈におちいるのを防ぐわけです。お客さんだって、時代や場所などは芝居を見る中で漠然とつかみとるわけですから。
二回目の通しでは、役者の位置をできるだけ細かく観察します。どこから登場して、どこを通って、どこに立つか(座るか)、止まって喋っている時間はどれくらいか、どっちを向いて喋っているか、といったことを見ます。この通しの後で台本を開いたとき、どのシーンでも役者の立ち位置を正確に言えるようになっているのが理想です。
ここで、プランニングをし、仕込図を作成します。
三回目の通しが行われる稽古場では、通しが始まる前に仕込図を広げて、自分の作ったプランの照明がついているところを想像します。ぼんやりとイメージするのではなく、細かく、できるだけ具体的に「この机には上手45度上方から1台と真上から2台あたる」という感じで、舞台上の全ての場所について、どちらの方向から、どんな器具が何台、どれくらいの明るさであたる(はず)かを想像し、目の前にある稽古用セットと頭の中で合体させて、実際の舞台をイメージします。必要なら椅子の上に立って高い視線で稽古場を見てみたり、(稽古用の)舞台上に立って上を見上げてみたりして、可能な限り具体的なイメージを作っておきます。
そしてそのイメージを保ったまま通しを見ます。各々のシーンで「この役者にはこっちからこれくらいの光があたっている」ということを確認しながら見ます。そうやって見る中、プランに不備があると、「あ、ここはまずい」という部分が出てきます。どうまずいかはケースバイケースですが、「あ、ここでは左を向いて喋るのかぁ」というような見落としがほとんどです。もちろん、前回の通しから役者の動き方が変更されている場合もあり、その場合もプランの変更が必要になることがあります。そのようにして発見された不備は、広げたままにしてある仕込図にその場ですばやくメモします。
稽古の見方を整理すると、
- 漠然と設定をつかむ
- 役者の位置や動きを観察・記憶する
- できあがった照明プランをチェックする
ということになります。