きょうも日舞のお稽古。いま習ってる曲以外に、新しく入った人が習ってる曲や前に習った曲も復習で一緒に踊っているので、けっこう踊りっぱなしだ。新人の人が、他の人のお稽古を見てる間に足がしびれちゃってたいへんそうだった。私も、太っているせいか、いつまでたっても正座が苦手だ。でも、知り合いの人で、演劇の公演で舞台で長い間正座してて、ある日立ち上がったとたんに転んだ人もいるし、練習すれば大丈夫になるというものでもないのではないかと思う。
フリース素材を縫ってみた。初めての経験。ニット用の伸縮する糸と先の細いミシン針を用意してやってみたが、予想以上に簡単だった。フリースのパッチワークなんかもあったかそうでいいかもしれない。
長い時間電車に乗る用事があって、眠くて寝ちゃって、ふっと気がつくと隣に座ってるお嬢さんの肩に頭を乗せてました。ごめんなさい。ありがとう。私もこの次隣の人が頭をもたせかけてきたら、こういうふうに優しくじっとしててあげようかなー。普段は、よけたりどけたりするほうだけど。
日舞のお稽古。前回から、新しい曲「黒田武士」(黒田節?)を習っている。いままで、「内股」、「膝を付けて」と言われて続けていたのに、今度の踊りは男踊りなので、かかとをつけてつま先は90度開いて、「身体の大きな武士」の踊りとか言われて、とまどっている。おもしろいけれど。
黒田武士は鹿児島の歌と思い込んでいたけど、福岡県の民謡だとか、原曲は越天楽であるとか、ああだとかこうだとか、インターネットで調べるといろいろ言ってる人がいる。『増殖する俳句歳時記』検索: 20000319が、わかりやすかった。
青年団のプロデュース公演「雲母坂」の通し稽古を見に行った。なんて強力な「妄想」なんだろう。すごい、すごいや。本番が楽しみだ。
大学の時からの友だちのダンスの公演を見に行った。いつも公演案内を送ってくれるんだけどなかなか見に行けない(まぁ、見に行けてないのはお互いにそうなんだけど)ので、数年ぶりだ。
女性3人の公演だったが、どの人もみんなステキだった。ダンスの公演ってあまり見たことがないけど、少ない経験の中で、「振り付けた人がいちばんかっこいいというのは納得がいかない」ということをいつも思っているんだけど、今回のこの公演では、3人が3人ともかっこよくて、それがたいへん気に入った。また、マイクを使ったり、コトバをしゃべったり、お人形と踊ったり、小道具の箱の中をくぐり抜けたり、なんでも好きなことをやっている感じがいいなぁと思った。
歌手の人に歌がうまいねって言うみたいで変なんだけど、身体がよく動くなーというのにも感心してしまった。そして、自分も俳優という、身体で表現する芸術をやっているので、感心してる場合じゃなくて自分もがんばろうと思った。
TNGのビデオを何本か見た。
I, Borg/ボーグ“ナンバー・スリー” (5, 123)。何度見ても、好きだなぁ、この話。VGRのCGを駆使した映像に慣れたいま見ると、ボーグの扮装(衣裳や機械の手など)がローテクに見えるのも、おもしろかった。「ナノプローブ」なんてものは、このころはまだ設定自体なかったのではなかろうか。
このエピソードの頃のボーグにはまだ人類の理解を超えた不気味さがあり、それだからこそこのジョーディとヒュー(日本語吹き替えではブルー)の物語が胸を打つ。種族全体として統一された意識を持っていてだれでも他の誰かと交換可能なものでしかない、とか、文明やテクノロジーを同化するのが目的だから一人一人の異星人にはぜんぜん興味を持たない(ボーグ艦内に他の種族が潜入しても、気にとめず知らん顔している)、とか、とにかくボーグというのは人間の常識外のものだったはず。それが最近の映画やVGRでは、ボーグクィーンという親玉が全体を仕切っていたりジェインウェイ艦長にしてやられてくやしがってたりして、強い敵は敵だけど、理解できない不気味さというものはなくなってきていると思う。あ、10月12日の日記にも同じこと書いてる!
エピソードガイドなどで読んで知っていたことだが、台詞の整合性がおかしいところが一カ所あることを、今回見直して確認できた。ボーグには個人という概念がないから、ヒューは、自分一人のことを言うのにも"I am ..."と言わず、"We are ..."と言っていて、それが、ピカード艦長との対話の中で初めて"I"という言葉を使う、というのがけっこう感動するポイントとなる。そしてそれはとても成功しているんだけど、そしてたぶん初めて見た人は気づかないと思うんだけど、ごく初めのほうのシーンで一度だけ"I"と言っているところがあるのである(名前をつけてもらう直前)。これは、作った人は、撮り直せるなら撮り直したいと思ったんじゃないだろうか。「奇蹟の人」の途中でヘレンがdollが「人形」という「物の名前」だってわかっちゃったようなもんだもんなぁ。
The Offspring/アンドロイドのめざめ (3, 64)も大好きな話だ。アンドロイドであるデータ少佐が自分のポジトロニックブレインをコピーして新しいアンドロイドを作り出すが、強引に引き離されることになり、新アンドロイドは修復不可能な機能異常を起こしてしまう、という話。実はこれより前のエピソードThe Measure of a Man/人間の条件 (2, 35)でアンドロイドに人権が認められているので、データの娘ラルをハフテル提督が無理矢理連れ去ることはできないはずなんだけど、そういうことは見ているときにはあまり気にならない。
提督とピカード艦長、データ少佐が話しているところで、日本語が一部わかりにくくなっているのが残念だった。新しいアンドロイドであるラルがエンタープライズ号内でデータ少佐のもとで適切に発達しているかどうか確認するため、ハフテル提督が、別の宇宙鑑に乗ってエンタープライズにやってくる。ラルの置かれている環境に不満足な(というか、最初から連れて帰るつもりだったように見える)提督は、ラルを自分の艦に連れて行けとデータ少佐に命令する。その後のところだ。英語は、こうです(カッコ内は私の翻訳)。
Captain Picard: | Belay that order, Mr. Data. I will take this to Starfleet myself. |
---|---|
(データ少佐、命令は取り消しだ。(提督に)この件は私が直接、艦隊と話します) | |
Admiral Haftel: | I am Starfleet, Captain. |
(判断するのは私だ) |
日本語吹き替えでは、以下のようになっている。
ピカード艦長: | データ、君が行くことはない。私がラルを艦隊司令部まで送り届けます。 |
---|---|
ハフテル提督: | 艦隊司令官は私だ。 |
いまエンタープライズ号の隣にとまってる、ハフテル提督が乗ってきた宇宙鑑にラルを連れていく、という話なので、艦隊司令部に連れていく、というのはおかしい。だいたい、提督がラルを連れ去ることに反対して「命令を取り消す」とピカード艦長は言っているはずなので、送り届けちゃ話がちがうと思う。ラルは「データの娘」で、他のところではsheとかherとか言われてるので、ここのthisがラルのことであるとは考えられない。
また、ハフテル提督の台詞は、「オレがルールブックだ」みたいな意味だろうから「有無を言わず私に従ってもらうぞ」という感じが出ればOKだと思うが、「司令官」という具体的な階級のようなものが出てくるとかえってややこしくなっちゃうのではないかと思った。
もともと階級の呼称はやっかいだ。DS9のCommander Siskoは「シスコ司令官」だけど、TNGのCommander Rikerは「ライカー副長」だし、階級としてのCommander自体は「中佐」だ。Captainも、その艦の「艦長」のときも階級としての「大佐」のときもあって、日本語ではそれを区別してるからときどきややこしいことになってる。
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追記
"I am Starfleet, Captain."(「艦長、私が宇宙艦隊だ」)が吹き替えで「私が艦隊司令官だ」となった原因に思い当たる。"I am Starfleet Captain."(カンマがない。Captainという部分を、ピカード艦長への呼びかけと認識していない。Starfleet Captainという名詞句ととらえている)と読んだんだねー。なるほど。カンマ、恐るべし。(2006年5月24日、記す)
秋なので、きのこ汁など作ってみた。材料は、
鳥もも肉1枚 | 皮を取り除き、一口大にそぎ切り |
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コンニャク小1 | 熱湯で2分ほど茹でて、短冊切り |
しめじ1パック | 石づきをとり、小房に分ける |
まいたけ1パック | 食べやすく裂く |
えのきたけ1パック | 石づきをとり、長さを2分する |
ダイコン1/3本 | イチョウ切りにし、2分ほど下ゆでしておく |
ニンジン半本 | イチョウ切り |
ゴボウ1本 | 皮をこそげ、厚めのささがきに。水にさらした後、2分ほど下ゆでしておく |
分量は、だいたいですが。
なべに軽く油をひいて鶏肉をいため、色がかわったらその他の材料を加え、水と、お酒をちょっと加えて煮ます。煮立ってきたらしょうゆで味つけ。私は、だいたい色で見てこのくらいかなーと適当に入れてます。濃くしちゃうと取り返しがつかないから、どちらかというと薄めにしておくといいと思います。材料が柔らかくなるまで煮込む間に水分が蒸発するし。さー、食べようかなーというときに味見をして、薄いようならしょうゆを足してください。という感じです。
鶏肉からいいダシが出て、ゴボウやきのこの香りがして、おいしくできて、よかった。
レンタルビデオ店の所在がわからなかったり、わかっても身分証明できる物を持ってなかったりしてなかなか借りられなかった、「トレッキーズ」という、スタートレックのファンや出演者のインタビューで構成されたドキュメンタリー映画を、やっと見ることができた。
親の代からのファンで初めて行ったコンベンション(「スタートレック大会」)は6歳の時っていう好青年とか、飼い犬までコスプレさせてる初老の夫婦、スタトレづくしの歯科医院の人たちなんかは、会って話してみたい感じだった。ブレント・スパイナー(データ少佐)のファンという女の人だけは、なんだか怖かった。
新宿に芝居を見に行ったら、友にばったり会い、ご飯を食べに行く。デパートの地下のタイ料理屋さんは、丸テーブルで相席で、気軽な感じが楽しかった。左隣のお嬢さんと2、3度腕がぶつかっちゃったけど(私は左箸なので)。
「あなたの国では、演劇は英語とフランス語とどちらが多いですか」
という質問を通訳してて、
"English plays. French plays. In your country, which is main?"
と言ってしまう私って、なんなんだろう。でも意味は通じる。
すごく久しぶりに日舞の稽古。きょうは復習のみ。
近所の手芸店でキルティングの針を買う。クロバーの針は、すごく久しぶり。ホントは12号(短い)の針だけ欲しかったんだけど、12号と9号が5本ずつセットになってるのしかなかったのでそれを買った。この数週間、曲がってしまった針しか手元になくて、ペンチで伸ばしたりしながらキルティングしていたんだけど、まっすぐな針はやはり縫いやすい。使いやすい道具って大切だ。
ちょっと長時間電車に乗る用事があって、なんでもいいけどなんか読む物を、と思って買った雑誌に銀粘土のことが載っていて、なんだかとても興味をひかれる。銀の粉と水と結合材を粘土状にしてあって、これで指輪やペンダントヘッドの形にし、ガスコンロや電気炉で焼いて作るというもの。
ヴォイストレーニング2日め。下腹部とお尻はつねにひきしめて、と先生が言う。バレエのレッスン(はるか昔の話だ…)で「お腹を薄く」、「上へ上へ」と言われてたことと共通するようだ。
膝裏を中心にした、脚の裏側は、あいかわらず痛い。帰り道は、ゆっくりゆっくり歩いて帰った。こんな筋肉痛は、『上野動物園再々々襲撃』のタタキ(2001年5月11〜13日)以来。
きょうから3日間、ヴォイストレーニングワークショップを受講。ファーストステップのきょうは、自然体の立ち方、上半身を脱力し、起こしながら息を吐く(下腹部つまり息の底辺を意識する)、身体の中に深く息を吸い込む、みぞおちつまり息の頂点を動かして息を吐く、ということを、2時間かけて行った。
上半身脱力から起きてくるとき、膝裏がつっぱってものすごく痛い。変な力が入っているのかと思って先生に聞いてみたら、
「筋肉がないからですよ」
と言われた。トレーニングをしていれば筋肉もついてくるそうだ。
下腹部をしめて、と言われても最初なかなか腹筋が意識できないし、触ってみてもぷよぷよした脂肪ばかりでわかりにくかった。でも少しやっているうちに腹筋やらみぞおちの筋肉やらが動くようになってきた。あしたもハードそうだ。楽しみだけど。
劇団桃唄309 Web内の「ハニカム」に、私の投稿した絵が掲載されているのを見つける。友に、
「うまくなったね」
と誉められた。うれしかった。
スタートレックヴォイジャー、録画成功。Unimatrix Zero, Part II/聖域ユニマトリックス・ゼロ(後編) (7, 147)。第7シーズンの第1話だ。ボーグ、弱くなったなー。TNGで初登場した、ボーグという種族は、「集合体全体として考え、行動する」、「優れた技術を自分たちのものにするために、他の種族を、有無を言わせず集合体に取り込んでいく」という、私たち人間とはきっと絶対わかりあえない価値体系で動いているところが不気味ですごく印象的だったのに、ボーグ・クィーンの登場あたりからちがう方向に向かい始めたような気がする。すごく力のある人が怒ったり憎んだりするから怖いことは怖いんだけど、「理解できないものの不気味さ」は薄まってきている。「ボーグに人類を攻めるなって言っても、そりゃ蚊に刺すなって言うようなもんで、どうしようもない」というようなわかりあえなさが昔のボーグにはあったんだけど(へっぽこな例えですみません…)、今回なんて「ジェインウェイ艦長vs.ボーグ・クィーン」ってふうに対等に取っ組み合ってる感じだ。
TNG I, Borg/ボーグ"ナンバー・スリー"でエンタープライズ号に捕らえられたボーグのドローン(単体)のヒュー(吹き替えでは「ブルー」)によって「個」の概念が集合体に持ち込まれ、それでボーグ集合体の性質自体がかわってきたんだ、と思って納得しようとしてはいるんだけど、こんな弱いボーグは、見ていてあんまりおもしろくなくて残念だ。
五反田団の「正月のあの音」初日。朝9時から照明の仕込みを手伝う。本番の照明オペも担当。といってもコンピュータ調光なので、私は2回ボタンを押すだけ。調光室からだと、舞台を見下ろす感じになり、舞台装置の「部屋」の間取りがよく見えておもしろかった。けど、舞台から遠いため細かい表情や小さい声の台詞はわからないので、それはちょっとものたりなかった。明日あたりオペをかわってもらって、一度は客席で本番を見たい!見よう!と思った。
TNGもVGRも録画に失敗。がっかりだ。でもまだ2回ずつ再放送があるので、次こそ!
10月10日は、晴れる確率が高い日だ、と聞いたことがあるような気がするが、きょうは太い雨が一日降っていた。
DS9について、さらに考える。わたしがスタートレック世界(特にTNG)を好きな理由の1つは、24世紀ともなると人間のメンタリティーがいまの私たちより進化していて、貨幣経済なんかもなくなっちゃってて(仕事は、達成感、使命感とか名誉のためにやる)、貧困などの問題も解決してる、という設定なんだけど、そういうところがあまりにも絵空事でやだ、という人たちもきっといるはずで、そういう人にとっては、抗争、陰謀、金儲けなどが渦巻いているDS9の世界のほうがリアリティーがあって入っていきやすいんだろうな、ということに気づいた。
飛ぶ劇場の泊篤志さんが、個人サイトサイトトマリをオープンした。日記を読みに行くサイトが、これで1つ増えた。
雨降り。TVとキルティング。スタートレックディープスペースナイン(DS9)は、新スタートレック(TNG)やヴォイジャー(VGR)に比べてあまり好きじゃなかったけど、きのう、きょうで1シーズン分(26話)ほぼまとめて見てみたら、なかなかおもしろかった(第5シーズン)。すごくシリアスで暗い話もあればコメディタッチの軽いノリの話もあり、登場人物で言っても、オブライエンが中心の回、ベシアが中心の回、…というようにいろいろな感じのがあって、ついつい次々見てしまった。
来年1月に小学校の同級会が計画されている。幹事の人から電話があり、これこれの人の連絡先を知らないか、と聞かれる。あの人は中学で同級だったナニナニ君のいとこのはず、とか、あの人はお父さんが学校の先生だったからそっち方面から調べられるのではないか、とか、あやふやなことしか答えられなかった。ちょっとはお役に立てたら嬉しいんだけど。あぁ、30年以上ぶりに会う人たちと、どんな話をしたらいいんだろうか!
ナンシィ、ペギィが、Dきょうだいと夏休みはじめの2週間を過ごす計画をしていたところに、大おばさんが勝手にやって来ちゃってさぁ大変、という話。この大おばさんにはみんな辟易してるし、頼まれてもないのにナンシィとペギィの世話をするって乗り込んでくるほうが理不尽なんだけど、ナンシィの破天荒な大おばさん対策計画には、周りの大人たちは、できたら関わりたくないと思ってる。結局は、それぞれしぶしぶ一役買うわけだけど、悪い大おばさんにみんなで立ち向かう、みたいな単純な話になっていないところが大変面白かった。
Dきょうだいが初めて二人だけでキャンプ(のような)生活をし、初めて自分たちの船を走らせる話でもあるので、卵をゆで過ぎちゃったり、船の舵がうまくとれなかったり、はたまた、そんな初心者なのに、ナンシィたちやウォーカーきょうだい(今回は登場しない)のだれもやったことがないような、ウサギの皮をはいで解体してシチューを作る、なんてことまで、二人でなんとかかんとかやりとげてしまったり、そんな二人の生活のこまごました描写が楽しかった。
もうダメだ、やれ助かった、あー今度こそ計画失敗だ!と、二転三転する展開のあと、最後、万事休すと思いきや、大おばさんの性格に結果的に助けられ、大おばさんは満足して去っていく。みんなもやれやれ。このあたりのスピード感もたいへん気に入った。シリーズ11冊読んだ(あと1冊でシリーズ制覇)中で、私のベストスリーに入るお話だ。
私が入ってる左利きメーリングリスト(英語)は、あんまり左利きの話題がなくて、ときどきアメリカンジョークが投稿される。私には駄洒落・おやじギャグとおもしろいジョークのちがいがよくわからない。というか、しょうもない駄洒落が好き、ではある。
きょう送られてきたジョークは以下のとおり。
お医者さんが看護婦と浮気して、看護婦が妊娠した。奥さんに知られると困るので、お医者さんは看護婦にお金を渡し、イタリアに行って子どもを産んでくれと頼んだ。
「でも、子どもが生まれたってことを、どうやって連絡したらいいの?」
「葉書に『スパゲッティ』と書いて送ってくれ。費用は持つから」
6カ月後、お医者さんの妻が電話で、
「ねぇあなた、あなた宛にヨーロッパから変な葉書が来たわよ。どういう意味だかさっぱりわからないわ」
「家に帰ったら説明するから」
家に帰ったお医者さんは葉書を読んで、心臓発作を起こし、救急車で運ばれた。残った救急隊員が奥さんに、
「御主人は発作を起こされる前何をしていらしたのですか」
「この葉書を読んでました」
葉書の文面は:
「スパゲッティ。スパゲッティ。スパゲッティ。スパゲッティ。ソーセージとミートボール入りが二皿と、ソーセージとミートボールなしが二皿」
ツバメ号シリーズ第11巻「スカラブ号の夏休み」を、おとといから読んでいる。いま半分くらい。Dきょうだい、好きだなぁ、やっぱり。
TVの料理コーナーを見て、なんだか釈然としなかった。
加熱の具合なんて室温や火力で変わってくるのに、強火で何分、弱火で何分ってものすごくきっちりやろうとしてる。料理人の人がそろそろ次の段階のことをしようとしているのに、タイマーで時計を計っているアナウンサーが、
「あと1分40秒です」
とか言って制止していたのにはあきれた。
何分、何分と言ったほうが料理初心者にはとっつきやすいんだろうなというのは、昔の自分のことを思えば、わかりはする。だけども、「強火に掛けて、沸騰して湯気が出てきたら火を弱める」んだという理屈も説明してくれたほうが応用がきいていいのになー。
あと、岩海苔がない場合は浅草海苔を使えばいいですよ、という話が出た直後に、
「岩海苔がないときはどうすればいいんですか?」
とアナウンサーの一人が聞いたのにも驚いた。人の話を聞いてないのか!!