「現代照明の足跡」巻末文

昨年12月に日本照明家協会から「現代照明の足跡〜歴史を創った7人の巨匠たち〜」という書籍が刊行されました。僕もその編集に参加し、巻末に解説的な小文を書かせていただきました。業界関係者にしか目に触れにくいと思うのでこのブログにもアップしておきます。
「現代照明の足跡」は、日本照明家協会のWebサイトからどなたでも購入できます。
(一般書店、Amazon等では取り扱っていません)


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本書について

本書編集部・舞台照明家
岩城 保


 本書には、日本で最初に舞台照明の世界を立ち上げた偉大な先人達が登場します。ここでは彼らを「先駆者」と呼ばせていただくことにします。彼ら先駆者たちが主に活躍した時代は大正末期から昭和前半ぐらいですので、今から60~90年前ぐらいです。さて、この時代の先駆者たちと、私たち現在の照明家とで、一番違っていることはいったい何でしょうか。
 もちろん、当時から今までで、大きな技術進歩がありましたし、社会情勢も大きく変わりました。それらの違いももちろん大きいことですが、あくまで舞台照明の世界で、舞台照明家としての先駆者たちと現在の私たちとを比べた場合の一番大きな違い、それは「教えてくれる人の存在」なのではないかと思います。

 私たち現在の照明家は、専門的な知識や技術をどのようにして学んでいるでしょうか。たとえば大学や専門学校などで舞台照明について学ぶケースも多いと思います。また、実際の現場だけで知識や技術を学ぶ人も少なくないと思います。あるいは、アマチュアの劇団等の場でプロに助けてもらいながら少しずつ照明を学んでいる人もいると思います。書籍で知識を得るというケースもあるでしょうし、インターネットで情報を得ることも可能です。照明を学ぶ場や方法は、様々ありますが、それらすべてに共通しているのは、「先輩や先生から教わっている」という点です。学校にしろ現場にしろ書籍にしろネットにしろ、そこには「教える」「教わる」という関係があります。そこにある技術、そこにある知識を、私たちは先人から学ぶわけです。そんなことは今の私たちにとってはあまりに当たり前で、わざわざ意識することもほとんどありません。

 しかし、先駆者たちの時代は、それはまったく当たり前ではなかったはずです。先駆者たちは照明の歴史をスタートさせた人たちなのですから、当然、先輩や先生というものはその時代には存在していません。
 では、先駆者たちは、先輩や先生がいない中でどのようにして照明の世界を作り上げてきたのでしょうか。本書に登場する様々なエピソードを読んで感じるのは、先駆者たちは照明をいつも原理的なことから考えていた、ということです。今の私たちと違い、先駆者たちの時代は照明の知識や技術についての蓄積や共有がほとんどありませんでした。ですから、照明家一人一人が、すべて自分自身の頭で考えて理解する必要があったのだと思います。そのため、現在の私たちと比べて当時の照明家の方々は、照明について非常に広い視野に立つことが求められ、その世界全体を見渡している必要があったということがエピソードから読み取れます。デザイン、オペレーション、器具の設計、劇場設備など、あらゆる視点から照明の世界全体を見渡し、すべての部分で変革と発展を進めていく、そんな時代だったのだろうと思います。

 いっぽう、私たち現在の照明家が仕事をする時は、デザインでもセッティングでもオペレーションでも、「業界での常識的なやり方」というものがあって、それに従うのが普通ですね。しかし、その業界で常識とされるやり方、どれ一つとして、最初からあったわけではありません。なぜなら、少なくとも先駆者の時代までさかのぼれば、その時点では「照明業界」そのものが存在しなかったからです。照明業界のすべての知識や技術は、先駆者の時代から現在までの歴史の中の、どこかの時点で、誰かによって生み出され、それが受け継がれてきたものだということが言えます。
 照明家どうしの「横のつながり」についても、おそらく同様のことが言えます。先駆者たちの時代は、照明家はそれぞれ独立していて、互いに連絡・連携するための組織などはありませんでした。現在は、全国の照明家をつなぐ組織として日本照明家協会がありますが、この協会も、元はといえば、先駆者たちが自分たちどうし互いに連絡・連携するための組織の必要を感じ、そのために自分たちでスタートしたものです。つまり、日本照明家協会は、当時の「現役の照明家」どうしが、必要を感じ、作ったものであったということが言えます。

 最近、私たち現役の照明家の間で、「照明家協会の存在意義がわかりにくい」ということが言われることがあります。協会員であることにどんな意味があるのか。いったい「何のメリットがあるのか」、といった疑問を口にする人もいます。
 しかし、私はそのような「存在意義がわかりにくい」あるいは「何のメリットがあるのか」といった疑問は、その問い自体が少しおかしいと思います。前述したように、日本照明家協会は元はといえば当時の現役の照明家が必要を感じて作った組織であったはずです。そして、それから今に至るまで、会員は全員「照明家」です。日本照明家協会は、他でもない私たち照明家の集まりなのです。ですから、協会に存在意義を与えることができるのは、私たち照明家自身以外にはあり得ません。もし協会に対して「存在意義が感じられない」「メリットがない」といった疑問があるとしても、それに答えられるのは照明家である自分たち以外にいないのです。
 たしかに、私たちが照明を始めた時点で、すでに照明業界は存在し、日本照明家協会も活動を始めていました。しかし、その中に入って照明家となり、「業界」と「協会」を構成する一員となったにもかかわらず、まるで他人事のように「存在意義が感じられない」「メリットがない」などという言い方をするのは、やはり筋違いだと思います。私たち照明家自身が照明家協会の構成員なのですから、私たち自身にとって存在意義が感じられるような、メリットがあるような照明家協会を、私たちが自分たちの手で作っていくことが必要です。先駆者たちは、何もかも自分たち自身で作り上げていました。現在の私たちも、自分たち自身で存在意義やメリットを作り上げていかなければなりません。

 私たち現在の照明家は全員、自覚があるかどうかは別として、先駆者から現在に至る先人たちからの恩恵を、多かれ少なかれ受けていることは間違いないと思います。そもそも、「舞台照明」という業種自体を先駆者たちが立ち上げてくれたからこそ、私たちはそこに出会い、「照明家になる」という道を選んだわけです。その道を選んだ時には意識していなかったかもしれませんが、業界で蓄積されてきた数多くの知識や技術の恩恵により私たちは照明家になれたと言って良いと思います。また、その後ずっと続いている新しい技術進歩の恩恵も私たちは受け続けながら活動を続けています。

 しかし、それらの恩恵を一方的に受け取っているだけで良いのでしょうか。私たちは過去から現在に至るまでの膨大な知識と技術の蓄積を受け取り、自分たちの日々の仕事に役立てていますが、その蓄積は、私たちがひとり占めして良いものではないはずです。蓄積された知識や技術は、未来へ続いていく照明業界全体の財産であり、次の世代に受け継いでいかなければなりません。現役の照明家は、そのことにもっと自覚的になるべきだと私は思います。私たちは、先駆者たちが作り上げたこの舞台照明の世界を、守り、発展させ、次の世代に伝えていく義務があると思うのです。

 過去から蓄積されてきた数多くの照明の知恵や技。そしてその上に積み重ねられ続けている新しい知識や技術。それらを学んで自分の身につけることはもちろん大事です。しかし自分だけが向上しても時代は前に進みません。先駆者の時代から、まだたったの100年足らず、舞台の長い歴史から見れば、まだこの業界は生まれたばかりです。そしてまだまだ育ちつつあります。ですが同時に、先駆者たちが亡くなり、初めての世代交代が始まっています。それはすなわち、業界を「継続」するということについても考えなければならない時期が、いま初めて訪れているということを意味しています。今の私たちは、日本の舞台照明史上初めて、それに直面しているのです。また昨今は、社会の様相の変化も急速です。グローバル化が進み、格差が広がっているとも言われます。そのような時代にあって、現在の舞台照明業界は、あるべき姿に本当にあると言えるのでしょうか。たとえば賃金や労働時間は適正でしょうか。市場の自由化は適切でしょうか。それらは今後どのように変わっていくべきなのでしょうか。あるいは現在の状態を維持すべきなのでしょうか。こういった疑問は、先駆者たちの時代にはまだ生じていなかったと思います。

 時代が変わり、私たちは新しい課題に向き合うこととなりました。この照明業界を「健全で安定的に継続させる」という課題です。この課題に向き合うのは、私たち21世紀の照明家が最初です。まだ誰も経験していない、新しい課題なのです。私たちはこの新しい課題に立ち向かい、次の世代を導くための新しい道を作っていく義務があります。先駆者たちが作り上げてくれたこの業界を、発展・継続させていくことができるのか、それとも衰退・消滅させてしまうのか、それが、私たち現在の照明家の肩にかかっていると言っても過言ではないと思います。

 本書を「巨匠達をたたえ、祀(まつ)り上げるための本」だと感じる方も多いと思います。実際、そのような側面もたしかにあります。しかし、本書はそれだけのものではないと私は思います。本書に収められた、先駆者たちの様々なエピソード、それらを私たちが今知ることに、いったいどのような意義があるでしょうか。もちろん、本書にあるような昔のエピソードが、直接現在の照明家にとって技術的な参考になるとは言えません。しかし、先駆者たちの当時の姿の中には、見るべきものが数多く含まれていると思います。それはたとえば、照明全体を俯瞰して見るという姿勢であり、照明について原理的なことから自分自身の頭で考えるという覚悟であり、そして、照明家とはいかにあるべきかという問題に常に向き合っていた態度です。
 先に述べたように、私たち現在の照明家は、初めての、新しい課題に直面しています。その課題にどう立ち向かい、どうすれば自分たちの義務を果たしていくことができるのか。それを考える上で、先駆者たちの姿に学ぶことは、決して少なくないと思うのです。

カテゴリー: 照明