ナポリ(2)

2日
10時半に朝食。朝食会場はホテルの11階にあり、大変眺めがよろしい。晴れている日はベズヴィオス山が圧巻。
妻は今日は朝からみんなと買い物に出かけている。僕は、NJ、YKRと一緒に、昼から国立考古学博物館に行くだけ、というのんびりスケジュール。タクシー運転手に「ムゼオ・アルチェオロジコ・ナツィオナーレ」と告げると(この発音は実はやや間違っている)、「10ユーロ」だと言う。僕はまあそんなもんかな、と思ったのだが、NJが「高い、高い」と言う。運転手「9ユーロ」、NJ「いや、7ユーロ」、運転手「8ユーロ」、NJ「いや、7ユーロ」。僕「8ユーロでいいよ」。NJは、本人曰く「中国に滞在してた時に値切り癖がついた」そうだ。
考古学博物館を1時間半ほどで見終えて、徒歩でブラブラとホテル方向に戻る。途中でお茶。僕はエスプレッソだが、女子達はなんとかっていう甘そうなものを頼んでいた。
15時ごろホテルに戻る。
16時にホテル発、会場へ。この会場では僕は「ヤルタ会談」の字幕操作を担当している。「東京ノート」は特にやることは無いので、今日は上演中は楽屋に引っ込んでいることにする。
終わって23時過ぎにホテル着。ホテルの近くのピザ屋で食事。

3日
今日は当初は朝からポンペイの遺跡に行く予定だったが、何しろポンペイは体力を使うという話を聞き、病み上がりの僕はちょっと体力的に自信が無く、取りやめ。一人、ホテルで休むことにした。ということで、今日も10時半に朝食。
その後も部屋でゴロゴロ。寝たりとか。
16時ホテル発で会場へ。今日は時間があるので、今回会場となっている美術館、「カポディモンテ美術館」の展示を見ることにする。カポディモンテ美術館は、もともとは宮廷のような建造物で、最初から美術館として建てられたものではない。だから、普通の美術館のような効率的な展示ではなく、建物自体も鑑賞対象となっており、そこがまた面白い。
19時開演で「ヤルタ会談」。19時半過ぎに終演。ただちに字幕関係の機材をバラす。20時にはもうバラシを終え、全ての機材を楽屋に引き上げる。
20時半開演で「東京ノート」。こちらは、終演するともう22時過ぎなので、バラシは一切行わず、すぐに退出。だが、プロジェクターとパソコン本体だけは楽屋に引き上げた。あとのバラシは基本的に明日の午前中に行なう。

23時過ぎにホテルに戻る。そこから、Castel dell'Ovo(卵城)近くのフェスティバルバー(みんなで一昨日行った所)に行く者、近所で食事する者などに分散。僕たち夫婦は、明日も早いし、遠出は避け、近所で済ますことにする。昨日も行った店で、パスタやピザを堪能。イタリアの食事(イタリアン)は、僕たちにとってもおいしく楽しめるので助かります。実はフレンチは内心いまいちだと思ってるんですよ僕は。やっぱりヨーロッパに来て、僕たちの味覚に合うのは、イタリアンと中華だよね。


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ナポリ

ナポリに来ています。最初の日から昨日までを日記風に。

28日
朝5時のバスに乗り、成田空港へ。「東京ノート」「ヤルタ会談」イタリアツアーの始まりである。
ツアーメンバーは7時半に成田第一ターミナルに集合。空港まで車で運ばれてきた劇団の荷物(衣装・道具など)を受け取り、チェックイン。さすがに海外公演をたくさん経験して来た劇団なので、この段階でのトラブルはほとんどない。

ローマ行きのアリタリア航空でヨーロッパへ向かう。飛行時間は約11時間。時差がある土地に行く際は、機内でとにかくできるだけ眠るのがポイントである。しかし、機内映画で「スペース・バトルシップ・ヤマト」をやっていたので、つい見てしまう。僕は世代的に完全に「宇宙戦艦ヤマト」世代なので(ブラスバンド部でヤマトの主題歌を演奏したクチだ)、非常に楽しく見ることができた。主人公の古代進、森雪、あるいは空間騎兵隊の斉藤、佐渡医師、アナライザーなどについて、原作から大きくキャラクターを変えることで、見事に現代的な話になっていた。「イスカンダル」「ガミラス」「デスラー」などの設定も、実に思い切って大きく変えていたのが見事だった。設定内容から見て、おそらく「スタートレック」を大きく参考にしたはずである。異星人の設定が、非常にスタートレック的だった。

ローマの空港で約2時間のトランジット。当然ビールである。そして、小型飛行機でナポリへ。そしてナポリ空港から車でホテルへ。

今回のホテルは、かなり良いホテルである(四つ星)。ネットは一日30分まで無料、それ以上は有料。ちょっと迷ったが、今日はネットは使わないことにする。

みんなで徒歩で15分ぐらいの繁華なエリアに出かけて食事。おいしいピザとパスタをいただきました。

29日
仕込み。といっても、今回は美術館の展示室(ロビーではないよ)での公演なので、総仮設である。照明は、美術品を傷めないように発熱しない機材ということで、美術館にあるメタハラのソースフォーパー(150W)に限定。だから調光はできない。
事前に僕が書いた図面の通りにフェスティバルスタッフが設置してくれるのを待つしかない。字幕関係をできれば仕込みたいところだが、電源も先方に出してもらわないといけなくて、それを待たなきゃ行けないので、結局朝から夕方まではただひたすら待つ、待つ、待つ。
午後、「ヤルタ会談」のほうが先にセッティングができたので、フォーカスをしてみる。すると、えらく集光しているものからかなり拡がるものまで、配光がバラバラだ。そこら辺の個体差は、適当にあたりでカバーする。

夕方、フェスティバルの技術の一番偉い人が来て、「東京ノート」会場で色々と仕切り始めている。「レンズをどれにするか、フィルターをどうするか決めて欲しい」と言われた。フィルターは「コンバージョンのLEE201を用意したぞ」と言っているが、ただでさえメタハラの真っ白の光なので、Bのコンバージョンはいらない。使うとしてもAのほうだ。だが、先方は「201以外にも202も203(注:いずれもB系のフィルター)もあるぞ」と言う。違うんだって、ブルーはいらないんだよ。使うとしてもアンバーだよ、と言っても全然伝わらない。あ、なぜこんなに話が伝わらないかというと、通訳がいなくて、英語(両者にとって外国語)でやってるからである。で、伝わらないので「フィルターは必要ない」と言った。これは伝わった。

レンズは、集光から拡散まで、4段階選べるという。え、そうだったの? もうヤルタの方はバラバラに仕込まれてたから、そのまんま適当にシュートしちゃったよ。でも、ちゃんと選べるんならちゃんと仕込みたい。みんなで「ヤルタ会談」の会場に向かう。

「ヤルタ会談」の会場のライトを見せて、「ね? バラバラでしょ?」と言っても、どうも話が通じない。時間をかけてコミュニケーションして、やっと事態がわかった。「ヤルタ会談」に仕込まれている機材は、すべてレンズが入っていない状態なので、最も集光された状態でなければならないのだが、(理由はわからないが)ひどく光が拡散してしまっているものが混入している、ということのようなのである。彼らの言う「レンズ」は、パーライトのランプの前面ガラスだけみたいなもので、無地透明がVN、曇りガラス状のものがN、車のヘッドライトレンズ状のものがMである。もともと集光されているものに、それらのレンズを入れると、パーライトの球種のように広がりを調整できるということなのだ。しかし、もともとの広がりがここまでバラついていては、レンズ以前の問題である。ということをイタリア人スタッフに伝えるのに、ものすごく時間がかかった。広がりがバラバラなのは、僕には一目瞭然なのだが、彼らはレンズによって広がりを調整できると信じて疑わない。しかたないので実際にライトをつけて、説明する。「ほら、こっちはこんなに小さいけど、こっちはこんなに大きいでしょ。小さいのをレンズで大きくすることはできるけど、大きいのをレンズで小さくすることはできないでしょ」。いや、大きいのもレンズで小さくできる、と言いながら、イタリア人がVNのレンズを機材に入れる。点灯していると機材が高熱になるので、レンズを入れるときはいちいち消灯しないといけない。で、メタハラだからいったん消灯すると5分ぐらいは点灯しない。だからレンズを入れてみてどう変わるかを試す、だけでも10分15分とどんどん時間が過ぎていく。拡散している光をレンズで集光することなど、もちろんできない。そのことは、どうにか納得してもらえたようだが、今度は「いやそれは、ランプの問題だ」と、今度はランプを交換するという。実際ランプを交換してみると、驚くべきことに拡散しているのが直って、ちゃんと集光した状態になった。

というようなやりとりを進めてしまったので、全てのライトについて、拡散しているものについてはランプ交換で直す、ということで進めざるを得ない流れになってしまった。これは僕の戦略ミスである。最初に拡散している器具と集光している器具を適当に使い分けてシュートしてだいたいOKになっていたのだから、そのままで良かったのである。完全に「やぶ蛇」だ。敗因は、この器具について僕の事前調査が不十分だったことである。レンズがない状態で十分集光していなければならない、それをレンズで配光調整する、ということを僕が最初から理解していれば、こんな事態にはならなかったはずである。

結局、替えのランプがそんなに数が揃うわけがなく、ほぼ最初通りのシュートになった。
「東京ノート」のほうは、最初に搬入されたトラスの部材が違っていたとかで、色々と時間を食っている。フォーカスに入れたのは21時半。まあどうにかこうにか今日中には終われそうだ。その後、会場のシャンデリアをつけてみたらどうなるかとか、字幕を出してみて明るさのバランスがどうとかやって、退出したのは23時ごろ。

食事は済んでいたので、テクニカルスタッフみんなで海の見えるカフェでビールで乾杯。ナポリに来てはいるが、やはりみんな日本の原発の状況が気になっている。その話で盛り上がった。

ホテルに帰ったのは1時過ぎだったか。一週間接続し放題のネットアカウントを購入(30ユーロ)。

30日
朝、劇場(と言っていいのか)に入って、テクニカルの細かい直しなど。昼少し前から「ヤルタ会談」の場当たり。「ヤルタ会談」の会場は窓が無く、ほぼ本番環境で場当たりができた。昼食をはさんで「東京ノート」の場当たり、稽古。「東京ノート」の会場は外光が思いっきり入るので、日没にならないと本番環境の光の状態は見ることができない。
19時開演で「ヤルタ会談」ゲネ、20時半開演で「東京ノート」ゲネ。「東京ノート」は、会場の設備照明(シャンデリア)をつけっぱなしにしてやってみたのだが、どうもうまくいかない。日没して照明の光が効く状態になってみると、どうも他の観客の存在が非常に気になって、芝居に集中できいない。「四番倉庫」がうまくいったのに味をしめて、今回も客席が明るいままで行けるかと思ったが、そう甘くはなかったようだ。「四番倉庫」がいかに緻密に作られていたか(自分でやったんだけどね)を、あらためて再確認した形。本番はシャンデリアは消灯して行うことに決定。
ホテルのそばのピザ屋で食事。こちらはこういう店はだいたい25時ぐらいまでは開いている。「夜更かしの街」だ。

1日
午後入り。
ミーティングで、明日と明後日の空き時間をどう過ごすかをみんなで話し合う。治安が必ずしも良くなく、単独行動は危険なので、遊ぶにしてもできるだけまとまって行動しなければならないため、全員で計画を立てる必要があるのである。僕は、明日は昼過ぎから国立考古学博物館を見るだけの短時間コース、明後日はポンペイ遺跡を見るコース、にした。
ミーティング後、少し「東京ノート」の稽古をし、19時開演で「ヤルタ会談」、20時半開演で「東京ノート」、初日。シャンデリアを消して正解だった。
終演が22時半ごろ。退館したのは23時ごろだったか。送迎バスでみんなでホテルに戻り、次に24時(夜中だよ)にロビー集合して、フェスティバルバーへ。今日は僕たちの初日なので、食事に招待されているのだ。
おいしい地中海料理を堪能しました。
ホテルに帰ったのは2時ぐらいだったかな。


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イタリアに行ってきます

「四番倉庫」が15日で終わり、17日から山口入りしてYCAMでロボット演劇「働く私」、アンドロイド演劇「さようなら」の二本立てをやってました。20日に帰ってきたらいきなり原因不明の胃腸炎にかかり、38度以上の熱が出て大変な状況の中、23日に高山広さんの「劇励」の公演をどうにか無事に終えました。その後の三日ほどの休みで体調はどうにか回復しまして、明日28日から、来月11日まで、青年団「東京ノート」イタリアツアーに行ってきます。

向こうに行って余裕があれば、レポートしたいと思っています。


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劇場が演じる--「四番倉庫」の照明

二騎の会「四番倉庫」の上演が続いている(15日まで、こまばアゴラ劇場)。

「四番倉庫」は、題名の通り、倉庫を舞台とした作品である。このように「設定」が極めて具体的な場合、舞台照明家としての課題はかなり明確で、それは、光と影で「倉庫っぽい雰囲気」を作る、ということになる。

しかし今回の「四番倉庫」の照明は、単純にそのように作られてはいない。

そもそも「倉庫っぽい雰囲気」とか「美術館っぽい雰囲気」というものを考える際、それはいったい、どの範囲までのことなのであろうか。

古典的な考え方としては、言うまでもなく、「舞台」をその範囲とする。たとえば「倉庫」という設定であれば、舞台上は倉庫だが、観客席や、表のロビーなどはいつもの劇場のそれ、そのままである。

いっぽう、現代にありがちな作り方として、舞台と観客席を合わせた「劇場空間全体」を対象とする手法がある。大きな劇場ではちょっと難しいが、こまばアゴラ劇場のような小劇場の場合、「舞台と客席を合わせた劇場空間全体」を、たとえば「倉庫」といった、ある一つの統一した雰囲気に作り上げる、ということが可能となる。

また、僕たちの劇団青年団は、その代表作「東京ノート」を、いくつかの美術館を会場にして上演している。これは、上述の「劇場空間全体」を対象としてある雰囲気を作る、という考え方に、さらに「一回ひねり」が加わった、面白い試みと言える。「東京ノート」は、台本上の設定が「美術館のロビー」である。その作品を、本物の美術館のロビーで上演してしまっている。しかし、実際にその公演を実現するには、美術館のロビーに手をつけずそのままというわけにはいかないのである。そこで演劇公演を実現するためには、美術館のロビーには元々は備えられていないもの、たとえば「観客席」や、あるいは「入場券販売窓口」などの、「劇場」としての機能を、どうしても仮設で作らなければならない。

さて、こういった様々な新しい試みにチャレンジしているプロダクションに関わる幸運を、僕はこれまで多数いただいているわけであるが、それら全体を通じて、僕個人が、以前からずっと疑問に感じていることが、一つある。

たとえば小劇場で「客席も含めた劇場空間全体」をある雰囲気に作る方法、あるいは「東京ノート」で美術館を劇場に仕立て上げる方法など、いずれも、たしかに、おおむね、全体として「それっぽい空間」はできる。しかし、その中にあって、作り手の力ではどうにもならない要素が、一つある、ということを常々感じているのである。

それは、「他の観客」の存在である。

ほとんど、ほぼ100%、演劇の公演において、上演中は客席を暗くする。なぜか。なぜ僕たち照明家は、演劇の上演中に客席を暗くするのか。その理由は、極めてはっきりしている。「一人の観客にとって、他の観客の存在が邪魔になるから」である。上演中は、他の観客の存在が邪魔になるため、他の観客が見えないように、客席を暗くするのである。

しかし、前述の「劇場空間全体の雰囲気」を作ることと、「上演中の客席を暗くする」ことは、大抵は矛盾してしまう。「劇場」という場所は、上演中は、舞台がとても明るく、そして客席はとても暗いという、とんでもなく特異な空間である。そんな空間は、劇場以外には、あり得ないのである。だからそもそも、客席を含めた劇場空間全体を、ある雰囲気に作り上げる、などという試みは、原理的に成功するはずがない。

しかし、それでおめおめと引き下がるのも、ちょっと悔しい。でも事実そうなのだから仕方ない。
...しかし

「空間全体をある雰囲気に」することに成功している例が、実はある。「ディズニーランド」である。ディズニーランドは、来場者全体が「この世界に来てしまった」ということを巧みに演出することで、違和感なく空間の雰囲気を作ることに成功している。ディズニーランドの来場者同士には、「この世界に一緒に来ちゃったね」という合意がある。だから、その空間演出にも、自然に合意することができるのである。

今回の「四番倉庫」の公演で目指しているのも、それであろうと、僕個人はとらえている。観客のみなさんが「四番倉庫」に連れてこられてしまった。その雰囲気や空気を、どうやって作るか。観客同士に、どうやったらその「合意」を共有してもらえるか。どうすれば、一人の観客が、「他の観客」を、邪魔だと感じないようにできるか。

それは、リアルな「倉庫」を写実的に再現しても、おそらくうまくいかない。こまばアゴラ劇場が「倉庫」ではないことは、観客全員が知っているわけで、いくら「倉庫っぽい」雰囲気を作ったとしても、それは、「ああ、上手に倉庫っぽくなってるね」という感想を持つだけで、そこにはリアリティは感じられないだろう。

そこで、僕は、もう一回、ひねって考えてみた。こまばアゴラ劇場を「倉庫に見せる」ことは、真のリアリティとしてはできない。しかし、だったら、「倉庫を劇場にして公演する」ということ全体を、アゴラ劇場を使って演じる、ということはできるんじゃないか、と。

「東京ノート」は、美術館のロビーを劇場化して上演を行なったのであった。

「四番倉庫」は、空き倉庫を劇場化して上演を行なう、ということ、その全体を、アゴラ劇場を使って演じてみる、ということを試みている、と僕はとらえている。

「東京ノート」を美術館で上演する場合、美術館には元々は備えられていない、「劇場の要素」を仮設で作る必要があった。

「四番倉庫」においては、「仮に倉庫で演劇の上演をするとしたら、劇場の要素として何を仮設で作らなければならないか」を考え、それを「仮設で作るという行為」、その全体を「演じて」いるのである。

こまばアゴラ劇場には、元々客席がある。それをわざわざ分解し、まず「倉庫」空間を作る。そこに、「倉庫で演劇をやるならこういう感じかな」という、仮設の舞台と客席を、わざわざ作る。もちろん照明もである。その空間全体が「演技」なのである。そのような、「空間全体が演じている」場所なら、観客同士も、「こんな所に来ちゃったね」という感覚を、共有してもらえるのではないだろうか。「四番倉庫」は、そのような試みであると考えながら、照明を作った。

僕個人的には、「四番倉庫」は、演劇のリアリズムを信じられなくなってしまった未来の人類が、その果てに、それでも演劇を求めざるを得ないとしたら、いったいどのような演劇を作ろうとするのか。それを想像し、それ全体を演じた、「未来の演劇の形」だと思っている。

今回の「四番倉庫」は、まあそんなふうにとらえて、取り組んでみた。しかしそんな僕の真意の具体的なところは、観客の皆さんに伝わる必要は、もちろんない。「この空間って、なんだか居心地が良いな、or、悪いな」というふうに、どっちでも良いので、なんとなしの「ずれ」を観客に感じてもらえれば、僕個人的には、試みは成功だと思っている。


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デスロック「LOVE」inジュヌビリエ(2)

楽日(27日)。劇場は16時までもう一つのカンパニーの稽古で使用。16時~17時が転換時間。僕は、「早ければ17時に」フォーカス復帰ができる、と前日に言われていた。してみるとなんと、早くも17時を少し過ぎた頃に「フォーカスができる状態になった」という連絡。劇場に行ってみると、確かに、見事に仕込みが復帰されている。うーむ、やっぱり、こいつらも本気出せば実は「やればできる」んだな。なかなかしたたかだ。
しかし、すぐにフォーカスに入らず、「まだ時間があるのでカンパニーのミーティングに出てくる」と言い残して、デスロックのみんなのいる稽古場(同一建物内)に行ってミーティングに参加。すぐにフォーカスしなかったのは別に意地悪じゃないよ。だって本当に時間があったんだから。
ミーティングの席で「色々とご心配をかけましたが、今日はあとフォーカスだけすれば良い状態になっているので、早ければ18時過ぎには舞台を使えます」と報告。
17時半頃、ステージ仕込みを再フォーカス。
18時過ぎ、フォーカス完了。俳優たちに舞台を明け渡す。
19時半、最終回の本番。すごく良い拍手をいただいた。
カンパケ後、自分のPCとDoctor-MXをバラし、さっさと引き上げ。バラシにはノータッチ。今回はフィルターすら持ち込んでないので、僕は本当にバラシには関係ない。っつうか、バラシっていうより、次のカンパニーへの仕込替えだから、手伝えることは無い。なので、一階のカフェでみんなと乾杯。

--照明の仕事は、ここで終了--

その後、21時半から別の公演を見に行く人もいたが、僕はちょっと元気がなかったのでそのまま飲み続ける。すると、芸術監督のパスカルが「フィンランド? フィンランド?」と、もう一つの劇場(プラトー1)でやってるフィンランドの演劇に(途中入場だが)熱心に誘ってくる。そこまで言うなら、とこそこそと入場して最後の数十分を見たら、すげえ面白い。見て良かった。

その夜は、元気のある数名で劇場のそばのピザ屋に行って引き続き談笑。
翌日は、みんなで、アベスのものすごく美味しいイタリアンで昼食。

備忘:店の位置=
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&brcurrent=3,0x0:0x0,1&ll=48.885148,2.335898&spn=0.00109,0.00225&z=19&layer=c&cbll=48.885254,2.335977&panoid=eb90OY67_ZzJk6GVeyHT7Q&cbp=12,241.67,,0,12.34

美味しかったねぇ。

その夜、20時発の飛行機で帰国。

有意義な旅でした。


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